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自称亭主関白と戦略家の妻「デイ通い」めぐる攻防戦!もめない介護67

緑の映えるオフィス街ビルのイメージ
コスガ聡一 撮影

「『わかばの里』(仮名)は、すべてキャンセルしてください。もう十分ですから」
義母からこわばった声で電話がかかってきたのは、2018年6月初旬のことでした。義母が言う、「わかばの里」は当時、通っていた通所リハビリテーション(デイケア)の施設です。夫婦でリハビリ生活を送っていた介護老人保健施設を退所し、自宅に戻るタイミングで通う回数を週2回から週3回に増やしたばかり。慣れてきたタイミングを見計らって、週4回に増やそうとケアマネジャーさんと相談していた矢先のことでした。

「あらあら、どうしました?」
内心ギョッとしながらも、必死に“驚いていないフリ”で理由を尋ねてみました。果たして、義母の反応は?

「……こんなこと言いたくないんだけれど、やっぱりね、集団生活って疲れるの。どうしても気を遣うでしょう? お父さまだってね、すごく疲れていらして、今日だって日曜日なのに1日中寝てばかりいたの。毎回そうですよ。こんなに疲れていたら、体にだってよくないでしょう。
いえ、施設が悪いわけではないんです。みなさん、とっても良くしてくださるし、努力もなさっているんだけど……。でも、お父さまも『行きたくない』とおっしゃるし、その気持ちもとてもよくわかるんですよ。このまま、通い続けるのは、お父さまのためにもならないと思いましてね。思い切って相談してみようという話になったんです。気を悪くしないでいただきたいんですけど、そういうことですから、全部キャンセルしてください」

義父の本音は

立て板に水で、すらすらと問題点を並べ上げる義母。思わずあっけにとられるほど、しゃべるしゃべる。好き放題なことを言いつつも、ところどころで「義父のため」をアピール。最後にしっかり、「全部キャンセル」を念押しするあたり、認知症と診断されて2年が経とうとしている人とはまるで思えない。戦略家か!

言い回しはあくまでも丁寧で、遠回しにチクチク言わせたら右に出る人がいない! 夫は義母のこういうところが苦手なんだろうなあと思いながら、「ところで、おとうさんに代わってもらってもいいですか」と頼むと、あっさり義父を電話口に出してくれるところが、義母のナイスなところでもあります。

「おとうさん、おかあさんからご事情うかがいました」
努めて明るく、ノンキな声で義父に伝えると、受話器の向こうからボソボソとした声で返事がありました。

「僕はね……週1回ぐらいなら行ってもいいと思うんだけれど……」

ほほう! 義母が言うほど、夫婦の気持ちは一枚岩ではないようです。

「ちょっと待っていてもらえますか。場所を移ります」
義父はそう言うと、なにやらゴソゴソ動き回っています。コードレス電話の受話器だけ持って、室内をウロウロしているようです。義母に聞き耳を立てられないようにしている……?

義父母それぞれがリフレッシュするために必要なデイケア

「お待たせしました。さっきの話なんですが……、僕はどちらかといえば、わかばの里に行きたいと思っています」
「そうなんですか。お医者さまにも、できれば週3~5回は通ったほうがいいと言われてましたもんね」
「お医者さまに……そうでしたね。わかばの里には“碁敵”もいるし、彼らから『もっと回数を増やしたほうがいいぞ』とも言われているんですよ」
「おとうさん、碁がお強いから、みなさん勝負したくてウズウズしているんじゃないですか」
「いや、そこまでの腕前ではないですよ」

義父は、碁の話になると俄然、イキイキし始めます。碁が大好きだったこともさることながら、碁のお仲間のみなさんが「もっと来い」「回数を増やそう」と誘ってくれているのがありがたい! さらにこんな話にもなりました。

「おかあさんは『家で自由に過ごせたほうがいいわ』とおっしゃるんですが、その分、おとうさんの負担が増えるのではないかと心配しているんです」
「そうなんです! わかばの里にいるときは大丈夫なんですが、家にいると家内の面倒を見なくてはいけない……」

デイ通いは義父母にとって、バランスのよい食事や運動、入浴の機会であるのと同時に、ふたりが離れ、それぞれがリフレッシュできるために必要。これは医師からもケアマネさんからも言われていたことでした。少なくとも義父はそのことを理解し、実感もしているように伺えました。

話がまとまらない時は、ケアマネさんの力を借りて

しかし、その一方で義母の希望をかなえたいという気持ちも強く、「四の五の言わずに、デイに行くぞ!」と、義母に宣言してくれる気はなさそうです。以前は亭主関白に見えていた義父がじつは、妻にベタ惚れのベタ甘オットであることは、これまで一緒に過ごした時間でわかっています。もうちょっとビシッと言ってくれてもいいと思うけど……と感じる瞬間も多々ありますが、そんなやさしい義父だからこそ、義母の認知症に対し、声を荒らげることもなく、穏やかに暮らしてこられたようにも思います。

「お気持ちはわかりました! ひとまずケアマネさんに相談してみましょうか」
「そうしてくれると助かります」
「相談の結果がわかったら、またお電話しますね」
「家内ではなく、僕に電話してください」
「了解です!」

わざわざ、自分に電話をかけてくるよう言うなんて、おとうさん、わかってる! 前回のこの連載コラムでも紹介した“失禁トラブル”に直面したばかりだったので、義父の判断能力が健在だったことがうれしいやらホッとするやら。

ただし、義父とこのやりとりをした翌日には、わかばの里に「今週いっぱいは、デイを休みます」とキャンセルの連絡が入ったと報告がありました。電話をかけたのは義父ですが、おそらく首謀者は義母に違いありません。やられた…!!

なんとかしてデイ通いを回避したい義母と、通い続けたい気持ちがある義父。いっそのこと、義父だけ通う手もあるのではないかという思いもチラリと頭をよぎりますが、義母ひとりでは鍵の管理もおぼつかなく、何より、義父を探しに外に出ていき、迷子になる……なんてことも起こりそうです。八方ふさがり!

思惑が入り組んでいる状態で、家族だけで話し合って解決しようとすると、ドツボにハマる可能性大。だからこそ、「ケアマネさんに相談」になんとか着地させてみましたが、これが大正解。じつはこの後、ケアマネさんとヘルパーさんのタッグで、あっさりとデイ通いが復活します。そのときのやりとりはまた別の機会に!

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