もめない介護

義父とトイレの大惨事 それでも介護離婚しないワケ もめない介護66

コスガ聡一 撮影

介護が始まったらどうなるのか。不安材料としてよく相談されることのひとつに「排泄介助」があります。親子であっても、“下の世話”をしたり、されたりするのは抵抗がある。ましてや義理の関係だったら……。ひょんななりゆきで「介護のキーパーソンやります!」と自ら志願してしまったわたしですが、そこまで覚悟を決めていたわけではまったくありません。

介護が始まった時点で、義父母はすでに時々トイレの失敗がありました。ただ、必要なサポートといえば尿もれパッドの定期購入ぐらい。「尿もれ・便もれに対して適切に対応したい」という意向が強い義父に対して、義母は「とにかく小さいものが好き」。ヘルパーさんの観察によると、失禁具合は夫婦でさほど変わらないはずなのに、義父のパッドは300cc吸水タイプ、義母は80cc吸水タイプとバランスが悪かったのを、だましだまし大容量タイプに揃えるのがわたしの役目でした。

2018年1月に、義父が肺炎で緊急入院したことがきっかけとなり、義父母は介護老健保険施設(老健)で施設入所を初体験。老健でのリハビリ生活の中で「リハビリパンツの着用」にもなじみ、2018年6月に自宅に戻ってからは、わたしにリハビリパンツの補充という任務が加わったものの、ふたりとも自分で歩けるし、トイレ介助も必要ありませんでした。

いずれは直面するかもしれないけれど、まだまだ先の話になりそう。すっかり油断していた矢先、“その日”は突然やってきました。

もの忘れ外来受診のために、義父母を迎えに

もの忘れ外来の受診のため、義父母を迎えに行ったときのことです。これまでの受診付き添いのルーチンはこうです。最寄り駅でタクシーを拾い、夫の実家に向かいます。几帳面な義父はわたしたちが到着するころには、たいてい、玄関前にスタンバイ。義母は室内で右往左往していることが多く、タクシーにはその場で待ってもらいながら、戸締まりを一緒に確認して出発するというのが定番でした。

その日は久しぶりだったこともあって、念のため、到着する直前に電話をかけました。夫が電話をすると、義父が出たようです。

「そろそろタクシー到着するよ」
「え!?」
「今日は×××メモリークリニックの受診日だから」
「お……おう、そうか……」

そんなやりとりがあったようで「親父、忘れてたのかな」と苦笑い。受診日は口頭で伝えるだけでは忘れてしまうので、壁にも貼り紙をしていました。でも、久しぶりだと見ることを忘れることだってあるはず。この時点でも、わたしたち夫婦はかなりノンキに構えていました。保険証も私が持っているし、仮にパジャマ姿だったとしても、着替えさえすれば出発できるから大丈夫!と。

とことんノンキでやさしい「大丈夫かい」

そうこうしているうちに夫の実家に到着。タクシーの運転手さんには「ここでふたり乗りますので少し待っていていただけますか」とお願いし、中に入ります。すると、目の前をサッと横切った人影。
え? なになに!? 義父がトイレに飛び込むところでした。しかも、上半身はふつうに服を着てるけど、下半身がブリーフだけだったような……。頭の中はクエスチョンでいっぱい。でも、何かとんでもない場面に直面してしまっているようだということはわかります。

台所では、義母がせわしなく動き回りながら「ごはんを炊こうと思うんだけど、炊飯器の調子が悪いのよ。どうなっちゃってるのかしら」などとブツブツ言っています。こちらはいつも通り。とりあえず、義父のほうがピンチな気がする。夫も同じように感じていたようで、「様子見てきて」と耳打ちすると、トイレのドア越しに「親父、どうした? 大丈夫かい」と、声をかけてくれました。

とことんノンキでやさしい声音。昔、おなかが痛くなって公衆トイレに飛び込んだのはいいけれど、トイレットペーパーがなくて絶望したとき、夫がこんな調子で「大丈夫かい」と聞いてくれたのを思い出しました。ホント、こういうトーンでの話しかけかたが抜群にうまい。早まって介護離婚しなくて良かったわと、感心していると、夫が深刻な顔で戻ってきました。

険しかった顔も、シャワーを浴びてホッとした表情に

「親父、あわてて出かける準備をしようとして、腹がゆるかったせいかちょっと、いや、かなり失敗してしまったらしい」

しまった! とトイレに飛び込んではみたけれど、どう後始末していいものかわからない。身動きがとれなくなってしまったようなのです。なるほど……!

「オッケー。じゃあ、汚れた下着はわたしがなんとかするので、おとうさんにシャワー浴びてもらって」
「シャワー……?」
「そう。ちょっと状態がよくわからないけど、狭い個室でトイレットペーパーできれいに拭くのはたぶん難しいから、もうシャワーで流しちゃおう」
「了解!」

取材や撮影の現場で、マジか! と思う事態に出くわしても、ポーカーフェイスで対応するのはお約束。まずは夫がバスタオルを片手に、義父を風呂場に誘導します。その隙にわたしはリビングに置いてあった、使い捨てビニール手袋を装着し、トイレに脱ぎ捨ててあったパンツを回収。洗面所にあった、おそらく汚れ物を洗う用のバケツで、ざっと手洗い。

シャワーを浴び終えた義父は、さっきまでの険しい顔と打って変わって、ホッとしたような表情をしています。よし、いいぞ、その調子だ。

尿漏れパッドの装着方法を全裸の義父から真剣に聞く夫

風呂上がりの義父の着替えを手伝おうとして、「パッドの当て方がわからない……」と困惑する夫。わたしに聞かれても、知らないよ! そうだ、おとうさんに聞きなよ!!

「こっちが後ろ側で、こう貼り付けるんですな」
「なるほど。だからズレないようになってるんだ」

全裸で尿もれパッドの装着方法をレクチャーする義父。夫は大真面目にうなずきながら、尿もれパッドと闘っている。なんだ、このシチュエーション!

抵抗がないなんてことは全然なくて、内心では「うわー、マジか! なに、この状況!!」と大騒ぎ。うっかり匂いをかいでしまうとオエッとえづきそうになるので、息を止めながら必死にパッチで洗い流している状況です。大体いきなりシャワーじゃなくて、ある程度はトイレットペーパーで拭いたほうがいいんじゃないかとか、パンツを洗うのも洗面所でいいのか?とか、あとから考えるとツッコミどころは山のようにあります。

でも、その瞬間はとにかく必死で、義父に恥ずかしい思いをさせないことが最優先。どうすれば「大したことじゃないです。オッケー、オッケー!」という空気を作り出せるのか。それしか考えていなかったのです。そして、なんとか義父を傷つけることなくお尻問題を解決し、もの忘れ外来に出発できたときの達成感たるや!

「人として、ステージが上がった気がする」
「大げさだけど、ちょっとわかる」

もの忘れ外来の待合室で、夫とお互いの健闘をたたえ合いながら、次からは義父を焦らせないよう、「最寄り駅に着いた瞬間に電話しよう」と誓い合ったのでした。

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