もめない介護

20分間の逢瀬 入院中の義父と義母 コロナ乗り越え実現 もめない介護64

コスガ聡一 撮影

新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための面会制限。おかげで、入院中の義父と、有料老人ホームで暮らす義母は2月以降、まったく会えない日々が続いていました。認知症になってからも、いつもふたりで寄り添い支え合ってきたふたりが離ればなれを強いられ、いつ状況が改善されるのかもわからない。義父が92歳、義母が88歳という年齢を考えても、じりじりするような思いで面会制限が緩和されることを心待ちにしていました。

ついに、義父と義母の面会が実現できたのは6月初旬のことです。わたし自身も義父母に直接会うのは3月以来になります。施設に迎えにいくと、義母は歩行車とともに現れました。ここのところ、歩いているときにふらついたり、時には転倒してしまったりということが増えていて、「施設内では原則、歩行車を使っている」という話は聞いていました。

当初はなかなか歩行車になじめなかったという施設からの報告もありましたが、この日の義母は歩行車をいやがる様子もなく、むしろ誇らしげに操作しています。

歩行車をタクシーに乗せるには折りたたむ必要があります。

「タクシーまでは手をつないでいきましょう。リュックを背負いますから、ちょっと待っててくださいね」

声をかけると、義母は「みなさん、そうおっしゃるのよね」と、すまし顔で待ち、私に向かって“さあ、どうぞ”とでも言うように、手をそっと伸ばして見せます。

ぐいぐいと歩行車を押して、廊下の壁に突進していくせっかちな義母

「では奥様、お手を失礼いたします」などとふざけあいながらタクシーに向かい、後部座席に乗り込みました。想像していた以上に足腰の筋力が衰えていて、以前は軽々とでてきた「車に乗り込んだ後、奥のほうに移動」は難しそう。でも、義母の快活さはちっとも変わっていません。

「やっとお会いできましたね」
「本当にねえ。なんだかこわいウイルスが大変なんでしょう。あなたたちは大丈夫だった?」
「大丈夫です。おかあさんも大丈夫でしたか」
「私はもう毎日元気。体操もしてるわよ」
腕を上げたり、横に伸ばしたりするジェスチャー付きで話してくれる義母を見ていると、鼻の奥がつんとしてきます。感涙にむせぶのは早すぎるから!

病院まではタクシーで10分ほど。受付を済ませた後、夫を待合スペースに残し、私と義母で病室に上がることに。新型コロナの感染対策で本来は1人しか病室に入れないところを「事情が事情だから」と、特別に義母の付き添いを1人だけ許してもらっているという状況でした。

せっかちな義母は、ちょっと目を離すと歩行車をぐいぐいと押し、廊下の壁に突進していってしまうため目が離せません。おっかなびっくり見守りながら、とにもかくにも義父のもとにやってきました。

涼やかな風に繰り返しカーテンがゆれて

病室に入ると「あらー、奥さまがいらっしゃいましたよ」「よかったですねえ」「ほら、お待ちかねの奥さまですよ」と、看護師さんたちから次々に声がかかります。「いつも奥さまのことをお話されているんですよ」と聞かされ、義母は「あらまあ、恐れいります」と照れ笑いしながらも、まんざらではなさそう。

病床の義父は酸素マスクを付け、薄く目を開け、義母のほうを見たような気もしますが、すぐ目を閉じてしまいます。

「あなた、来ましたよ」
「うん……」

義母が話しかけると、返事らしき答えが返ってきます。でも酸素マスク越しのせいか、何を言っているかうまく聞き取れません。

わたしがなんとか聞き取れたのは「よく来てくれたね」と「今日はとってもいい風が吹いている」ぐらい。たしかに、義父が言うように、窓が開け放たれ涼やかな風が繰り返しカーテンをゆらしていました。

数日前、夫が義父を見舞ったときは、義父の大好きな相撲の話で盛り上がったと聞いていました。能天気だけれど、わりあい冷静に現実を直視できる夫が「この調子なら復活もありえるかもしれない…!」と言い出すぐらい、義父の状態は良かったのだと理解していました。

これまで何度も土俵際ギリギリでの粘りを見せてきた義父

これまでにも「急変があるかもしれない」という局面は何度もありました。そのたびに、義父は土俵際ギリギリでの粘りを見せ、ひょっこりシャバに帰ってきてくれました。油断はできないけれど、悲観するには早すぎる。生真面目な義父のキャラとはまったく不似合いな、「なーんちゃって。びっくりした?」というノリで元気になってほしい。夫とそんな風に言っては、笑い合ってきました。

ところが、目の前にいる義父は、どうも調子が悪そうなのです。

「今日はね、真奈美さんと達也(夫の名前)が連れてきてくれたの。おかげで会いにこれたわ。本当はもっと頻繁に来たいんですけどね。ごめんなさいね。ひとりではとてもここまで来られないの」

義母が枕元であれこれと話しかけると、義父はたしかに返事をするように口を動かし、歌うように何か言っているのですが、やはり聞き取れません。

義母はクルリとわたしのほうを振り向き、「何を言ってるのか、全然わからないわ。あなたわかる?」と口をとがらせたかと思うと、義父の反応も構わずまた話かけています。
「何か欲しいものはないですか?」
「特にないよ」

今度は聞き取れました! 義母にそう伝えると「あなたって耳がいいのねえ。私にはちっとも聞こえないわ」と言いながら笑っています。もしかしたら、義父とお別れのときはもうすぐそこまで来ているのかもしれない。不意にそんなことを思い、すぐ打ち消しました。違う違う、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「もっと上までかけましょう」と、義父を布団でぐるぐる巻きに

許されている面会時間は1回あたり、たったの20分間しかありません。義父母が夫婦再会の時間を存分に味わえるよう、義母がすってんころりんと転んでケガをしないよう、見守るのがわたしの役目。義父の容態が思わしくなくて心配だとか、不安だとかそういうものはちょっと脇によけておいて、今この瞬間を一緒にいよう。そんな風に自分に言い聞かせながら、なるべく義父母のやりとりには口をはさまず、黙って横に座っていました。

「たまにはあなたのほうから会いにきてくださるのはどう? 今の季節、散歩をするのもけっこう気持ちがいいものよ」
「今日はね、本当はビスケットを持ってくるつもりだったの。でも、持ってくるのを忘れちゃってごめんなさいね」

義母はそんな風に言ったかと思うと、今度は子どもをあやすみたいに、トントンと義父の肩のあたりを叩きながら「眠いの? 眠いわねえ」と、繰り返しささやいています。なんとも言えない不思議な時間が過ぎていきます。

とうとう、タイムリミットの20分間が経過。義父の側を離れようとしない義母に声をかけられないまま、さらに10分間が過ぎました。迷いながら、義母に「おひらきの時間がきちゃいました」と伝えると、「あらまあ、そんな時間? 月日が経つのは早いものね」と言いながら立ち上がってくれました。歩行器を押しながらいったんは歩きだそうとした義母でしたが、すぐまた、義父のもとに戻ってしまいます。

「やっぱり、あなた寒いんじゃないかしら。もっと布団を上までかけましょう」

きっぱり言うと、義父の足元にあった布団を引っ張り上げ、義父の首もとまでしっかりと覆いはじめました。そういえば、自宅にいたときも義父が体調を崩すと、こうしてやたらと布団でぐるぐる巻きにしてたっけ。当時も義父は苦笑いしながら、されるがままでした。

「きっとジャンプしますからね。高く高く飛びますから」

「行きましょうか」と促すと、義母はすんなり頷いてくれたものの、後ろ髪引かれる思いがあるのか、何度も何度も義父のほうを振り返ります。ベッドの近くを離れるとき、義母はふいに「元気になって帰ってきてくださいね。待ってますから!」と、義父に呼びかけました。

隣で聞いてる私はもう、涙腺が決壊直前。ところが次の瞬間、義母はとんでもないことを言い出したのです。
「あなたが帰ってきたら、ジャンプしてお出迎えしますから!」

いやいやいや、ジャンプはやめよう。思わず涙が引っ込み、吹き出していると義母はさらにこう続けます。

「きっとジャンプしますからね。高く高く飛びますから。練習しておきますからね!」
何の犯行予告なのか。義父は何も言わないけれど、心なしか困り笑いをしたようにも見えました。

「“ジャンプはやめてくれ”っておとうさん、笑ってますよ」
「みなさん、そうおっしゃるのよねえ。でも、けっこううまく跳ぶのよ」

そういえば以前、義母と久しぶりに会ったとき、おどけてピョンと飛ばれて、家族も職員さんもギョッとしたというできごとがありました。

「おかあさんったら、ホントおてんば娘なんだから、おとうさんもおちおち寝ていられませんね」
「そうなのよ。早く元気になってもらわないと」

義母は相変わらずのマイペースに、おとぼけ発言の数々。でも確実に時間は流れていて、“その日”へのカウントダウンが始まっている。会わせてあげられてよかった。でも、切なく苦しい。ちょっと油断すると、現実から目を背けたくなる。何が不安なのか、自分でもよくわからない。とにかく今できることは、リアル面会のチャンスを最大限活用すること。この機会を逃さないこと。やるべきことはわかっている。わかっているのだけれども……と、落ち着かない気持ちをもてあましたまま、帰路についたのでした。

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