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一筋縄にいかない施設入所 ゴネる義母の本音は?もめない介護50

松の木のイメージ
コスガ聡一 撮影

夫婦そろってアルツハイマー型認知症だと診断されながらも、さまざまな介護サービスを利用しながら、夫婦ふたり暮らしを続けてきた義父母。しかし、義父が肺炎で入院したことをきっかけに、義母も一時的に施設に入所することになりました。

「ひとりで好きなように暮らしますから」と言い張っていた義母を、往診のドクターが説得し、渋々ながらも義母も入所をOKしてくれました。問題は、施設に向かうタイミングです。「一刻も早く入所したい」という家族の希望に応え、ケアマネさんが交渉してくれましたが、当日はさすがに難しく、最速で翌日。15時過ぎに送迎ワゴンが迎えに来てくれるとのことでした。

一晩経ったら、義母がこれまでのやりとりをケロリと忘れているかもしれない。イチから話し合いをしなくてはいけなくなったらどうしよう……。考えれば考えるほど、不安は募るばかりです。

気まずそうに荷物から目をそらす義母

翌朝、義母は何ごともなかったように朝食をとり、息子(わたしの夫)の世話を焼こうとしてうるさがられていました。わたしの動きにはさほど注意を払っていないのをこれ幸いと、入所先に持っていく荷造りを始めました。とりあえず、いま処方されている薬とおくすり手帳、数日分の着替えがあれば大丈夫。「足りないものはあとで届ければいい」とケアマネさんからアドバイスされていましたが、リハビリパンツと尿パッドがかさばり、結構な大荷物です。

「あらあら、どこかにおでかけするの?」
リビングに並べた荷物に気づいた義母が駆け寄ってきて、物珍しそうに眺めています。

「15時に送迎の車が来ますから、その準備です」
わたしがそう答えると、義母は「あら、そう……」と気まずそうな顔をして、目をそらします。おかあさま、そのリアクションは一体……! 義母の真意を確認したいのは山々ですが、ここで“押し問答再び”になるのも避けたい。ためらっていると、義母は急に興味をなくしたようで、リビングを出て行ってしまいました。

昼過ぎにようやくひと通りの準備を終え、台所に行くと、夫がひとりでパソコンに向かっていました。「おかあさんは?」と聞くと、「なんか風呂場でごそごそやってたよ」という答え。お風呂……?

お風呂の床を磨く義母の思惑

浴室をのぞくと、義母がなぜか排水口をせっせと掃除しています。
「おかあさん、お掃除ですか?」
「排水口がつまっちゃってね、これはどうにもならないわ。修理の人を呼ばないと。これはとても今日は出かけられないわね」
そんなことを言いながら、ゴシゴシとお風呂の床をスポンジで磨いています。義母がどこまで意図的だったのかはわかりませんが、排水口の修理を口実に、なんとか施設行きを回避しようとしているのは伝わってきました。そう来たか!

台所にいた夫のところに戻り、状況を伝えると「おふくろ、そんなことをしてるのか……」と絶句。夫と相談し、送迎ワゴンが来る少し前まで、そっとしておくことにしました。義母は家族の前では我が物顔に振る舞う一方で、他人からどう見られているかを人一倍気にするタイプ。迎えの車が来てしまえば、プライドが先に立ち、「納得しているフリ」ですんなり車に乗ってくれる可能性が高いと考えたのです。

義母には「修理が必要かどうか、達也さん(わたしの夫)に見てもらってから検討します」と伝えました。一瞬ムッとされたものの、「水回りの修理は妙に高くつくこともありますから」と付け加えると、合点がいったというリアクションが返ってきたのでセーフ!

ご近所へのあいさつをそつなくこなす義母

14時を回ったころ、義母に声をかけました。
「あと1時間ぐらいで、迎えの車が到着します」
「え? そんな時間なの!? 急がなくちゃ」

義母はあわてた様子で髪をとかし、口紅を塗り、一心不乱に身支度をととのえています。意外と乗り気……? 義母が何を思い、どう行動するのか、まったく先が読めません。

「さあ、真奈美さん。行きましょう!」
「え? まだ14時半ですよ」
「ご近所にご挨拶をしておかないと!」

義母はいそいそと靴をはき、両隣とお向かいの家を訪ねます。事情をぼかしながら、しばらく留守にすることを伝える義母は、とても中程度の認知症と診断された人とは見えず、お見事! わたしは“三歩下がって姑の影を踏まない嫁”のテイで、黙ってニコニコ見守り、別れ際に「何かあったら……」と連絡先をお渡ししてきました。

「ふーっ、やれやれ、挨拶をするのもひと仕事ね。あなたも疲れたでしょう。お茶でも淹れましょうね」
ひと通り挨拶をすませて気が済んだのか、義母はすこぶるご機嫌です。こちらとしても、義母が腹をくくってくれるなら、それに越したことはありません。

義母がご機嫌だったわけ

そうこうしているうちに、約束の時間となり、送迎の車がやってきました。義母がどんな反応をするのか内心ハラハラしていましたが、驚くべきことに義母は特にためらう素振りも見せず、自ら靴をはくと、さっさとワゴンに乗り込んだのです。わたしと夫が大荷物を抱えて、慌ててついていくと、「あなたたち、ほら早く早く。みなさんお待ちかねよ」とニッコリ。なんだ、この展開……と戸惑うばかりです。

この期に及んで「わたしは入所を了承していない」「施設になんか行かない!」と主張されるとツラいと思ってはいたけれど、それにしても前向きすぎる。これは一体……。

義母の上機嫌の謎が解けたのは約1時間後。施設に到着したときのことです。

「ようやく、あの方に会えるわね。どこにいらっしゃるの?」

あの方……? 頬を紅潮させた義母に問われ、ようやくわかりました。もしかして、義父に会いに来たという設定になっている!?

気持ちが揺れ動く義母に感じる、不穏な気配

おそるおそる、義父は入院中で別の場所にいることを伝えると、義母の表情が一変します。少しでも気持ちが落ち着くようにと、その日は施設で一緒に夕飯を食べましたが、その間もブスッと押し黙り、目もあわせてくれません。施設のスタッフの方が部屋に案内してくれたときも、不機嫌一直前。事前に、元・英語教師だと伝えてあったこともあって、「先生、先生」と親しげに話しかけてくださったのですが、「あなたを教えた覚えはありません!」と、ピシャリ。前途多難すぎる!

「やっぱり家に帰りたい」と強く訴えられたら、どうするか。“家族でなんとかする”という選択肢は避けたい。でも……。逡巡しながら、義母にそろそろ帰る旨を伝えました。

「おかあさん、すみません、そろそろ仕事に戻らなくてはいけないので……」
「そうね。ありがとう。あなたたちも疲れたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」

さっきまでの不機嫌さとは打って変わった満面の笑顔に、ねぎらいの言葉。ここでまさかのご機嫌復活ですか!? まるで義母の行動が読めません。初めての施設入所はわからないことばかり。義母の気持ちは揺れています。なんとか入所にこぎつけたけれど、きっとこれでは終わらない。何かが起きそうな不穏な気配。その予感は早々に的中することになります。

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