自宅から「帰ります」と言う父。毎日なので疲れます【お悩み相談室】
構成/中寺暁子
デイサービスを運営する島田孝一さんが、介護経験を生かして、認知症の様々な悩みに答えます。
Q.同居している認知症の父(82歳)が、夕方になると毎日のように「そろそろ帰ります。今日はお世話になりました」と頭を下げて家から出て行こうとします。「ここがお父さんの家でしょ」と毎回説得していますが、毎日のことなので疲れます(51歳・女性)
A.デイサービスのご利用者のご家族からも、同じような相談を受けることがあります。「最近、今の家を忘れてしまって、昔住んでいた家に帰ろうとしているみたい」といった相談です。確かに、今住んでいる家を忘れてしまうことはあると思うので、その見立てが間違っているとは言い切れません。「家を忘れる」というのは、「記憶」や「場所の見当」があいまいになってしまっただけではなく、「状況や人の見当」をうまくつけられないと考えることもできます。
お父さんは、これまで家族から頼られ、家族の暮らしを守るために働いてきたことと思います。家族にとっても、お父さんは一家の大黒柱。頼りになる、大きな存在です。そんなお父さんにとって娘さんは、自分を頼りにしてくれていて、いくつになってもかわいい存在です。
しかし親子関係ではよくあることですが、認知症になるとこうした関係が逆転してしまいます。どれほど献身的に介護をしていても、ついキツイ言い方になってしまうこともあるでしょう。
これは仕方がないことです。ですが、お父さんとしては「自分を頼りにしてくれるかわいい娘が、自分に対してキツイ言い方で、邪険な扱いで注意してくる」と捉えてしまいます。
そうすると、「娘がこんな言い方をするはずはない」→「この人は娘ではないようだ」→「ここは自分の家ではない」と考えてしまっても、仕方のないことかもしれません。「今日はお世話になりました」と相談者に対して敬語で話しているのも、その証です。昔の家に帰ろうとするなら、娘さんも誘って「一緒に帰ろう」と言うのではないでしょうか。特に認知症の人は、夕方になると疲れがピークとなり、眠気もあって、判断能力が低下するなど症状が出やすくなると言われています。
お父さんの立場になってこうしたことを理解できると、自然と娘さんなりの手立てが見えてくるのではないでしょうか?
例えば、かつてのようにお父さんを頼って、本当は答えが出ていることでも「お父さんはどう思う?」と意見を求める。お父さんがまだできることは、なるべくやってもらう機会を作り「ありがとう。助かった」と伝える。自宅がお父さんにとって居心地のいい場所になっていけば、「帰る」と言い出さなくなることも期待できると思うのです。
「記憶」や「場所の見当」の問題と考えてしまうと、間違いを指摘し、正すことになりがちですが、「状況や人の見当」を疑ってみることで、広い視野で対応を考えることができるのではないでしょうか。
お父さんは、娘さんのことを完全に忘れてしまったわけではありません。1日の中で、夕方の一時だけ、あやふやになってしまうのでしょう。お父さんは今も娘さんを大切に見守ってくれている存在であることに、変わりはないと思うのです。
【まとめ】夕方になると「自宅に帰る」と言い出す父に、どう対応すればいい?
- 「状況や人の見当」をうまくつけられないお父さんの立場になって考えてみる
- かつてのようにお父さんを頼る場面をつくる