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あの作品ができるまで

孫は祖父母に魔法が使える だからあの話をもう一度 児童小説の裏話2

仕事で家を留守にしがちな両親に代わって、認知症の祖母と過ごす小学生の孫。『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』(朝日学生新聞社)は、そんな家族の絆と心模様を描いた児童小説です。著者の緒川さよさんに、小説には書けなかったやりとりや思いなど、作品の裏側を綴ってもらいました。全3回の短期連載、2回目です。
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緒川さよさん画像
緒川さよ(おがわ・さよ)
1978年、静岡県生まれ。日本大学芸術学部卒。教育系の会社で働きながら小説を書いている。『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』が第9回朝日学生新聞社児童文学賞を受賞。ユーモラスで子どもの心に響くと評価され、「第31回読書感想画中央コンク―ル」の指定図書にも選ばれている。『キミマイ きみの舞』(講談社青い鳥文庫)1~3巻発売中。

コメディのつもりで書き始めた『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』。
最初は「おばあちゃんのまだら回線」という仮題で考えていました。回線がまだらな状態のおばあちゃんと孫のやりとりを、楽しく描きたかったのです。
ひとつだけ気をつけたのは、おばあちゃんが「かわいそう」に見えてはいけないということ。認知症のおばあちゃんは、自由でイキイキしていてほしい。それは、祖母と娘のやりとりを見て感じた願いでもありました。

私は祖母にとてもかわいがられて育ちました。大学進学で上京するまで一緒に暮らしていた祖母は、母方の母。わが家は父がマスオさん(妻の家族と同居)だったので、祖母は気兼ねなく私をかわいがってくれました。
私が里帰り出産をした時も病院に駆けつけ、緊急帝王切開で生まれた長女(ひ孫)を誰より先に抱いていたのは祖母でした。
けれど母から、祖母が元気がなくて話も分からなくて困ると聞き、心配して実家に帰ると、「あれぇ、帰ってきた~? コサさん(夫)は?」なんて、普通に話ができるのです。
母に「おばあちゃん普通に元気じゃん」と聞くと、「違うの、今朝までおかしかったんだから。あなたが帰ってきた途端に元気になったの」と、母も嬉しいような困ったような顔をして言います。加えて、「いつもの姿を見せたいのに、あなたが帰ってくると元に戻っちゃうから見せられない」とも。

自分が帰れば祖母が元気になるんですから、私としては嬉しいです。けれど、母にとってはたまったもんじゃない。自分が普段、どれだけ大変な思いをしているのか伝わらないわけですから。
その時、思いました。「孫は祖父母に魔法が使えるんだ」と。

祖母とのイタリア旅行にて
祖母とのイタリア旅行にて

そこから物語の設定が進んでいきました。孫の前で、突然おばあちゃんの回線がつながったらおもしろいかもしれない!
回線がつながる魔法の呪文は、忠臣蔵の「山」「川」のような掛け合いの合言葉にしたい。2人だけのヒミツの合言葉は何にしようか。そこで思いついたのが、歌舞伎のセリフでした。
『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』の主人公の辰子は、代々続く長唄の家元の家系に生まれた一人娘です。おばあちゃんが「辰子」と名付けるのも、辰子がまだ小さな頃から歌舞伎を見に連れていくのも、深い意味を持たせよう。そして、おばあちゃんは魔法で元気になり、辰子に降りかかる問題を次々と解決していくという設定にしようと考えました。

認知症になっても、昔のおばあちゃんの要素はあります。
目の前のおばあちゃんは少し困った人かもしれないけれど、昔のおばあちゃんはすごい人だった。いっぱいかわいがってもらった。昔のおばあちゃんがここにいてくれたら……。辰子にとっても、昔のおばあちゃんが現われることは魔法なのです。
こんな、嬉しい魔法があったらいいのになと、私自身も書きながら妄想しました。祖母が同じような魔法にかかってくれたら何をしよう。どんな話をしよう。
すると思い浮かぶのは、祖母の昔の自慢話や、祖父の浮気の話。もう一度あの話が聞きたいな……なんて思うと、笑いが込み上げてきました。祖母は、魔法にかかったら私にどんな話をしたいでしょう。伝えておきたいことはあるでしょうか。

この物語に登場する魔法の呪文、歌舞伎舞踊「京鹿子娘道成寺」のセリフを、私も実際に祖母に言ってみました。本来なら、
「おっと危ない」
「剣の舞」
「あぶないことは」
「いたすまい」
となる掛け合い。歌舞伎への造詣が深く、母や私に日本舞踊を習わせてくれた祖母。この有名なセリフは、もちろん知っているはずなのですが――。

「おっと危ない」
「んん~、なにぃ?」
「あぶないことは」
「はあぁ? むふふふふ」(突然笑い出した)
そう簡単に、魔法にはかかってくれませんでした。

最終話に続きます

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