あの作品ができるまで

「なんで困るの?」認知症を笑うひ孫に救われた 児童小説の裏話1

認知症の祖母と家族のきずなを描いた児童小説『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』(朝日学生新聞社)が、静かな感動を呼んでいます。作者は、認知症の祖母がいる緒川さよさん。帰省の度に祖母の変化に戸惑い、寂しさを感じていた時、「ひいおばあちゃん、おもしろい!」と受けとめて笑う娘たちの反応が新鮮だったと言います。そこに作品の着想を得た緒川さんに、小説には書けなかった祖母とのやりとりや思いなど、作品の裏側を綴ってもらいました。全3回の短期連載です。

緒川さよ(おがわ・さよ)
1978年、静岡県生まれ。日本大学芸術学部卒。教育系の会社で働きながら小説を書いている。『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』が第9回朝日学生新聞社児童文学賞を受賞。ユーモラスで子どもの心に響くと評価され、「第31回読書感想画中央コンク―ル」の指定図書にも選ばれている。『キミマイ きみの舞』(講談社青い鳥文庫)1~3巻発売中。

「あんたの名前ねぇ。わかるよ、わかるだけどね。急に言われると思い出せんだよね」
静岡の実家に帰った時、祖母にこう言われるようになったのは2016年の秋でした。久しぶりに会うから、急に思い出せなくても仕方がない。認知症というよりは、物忘れだろうなぁと思っていたのです。
昭和3年生まれの祖母は、当時88歳。子供、孫、ひ孫が集まって米寿のお祝いをして、「まだまだ元気でいてね!」なんて言ったばかりでした。
名前が出てこない。昨日の出来事を「知らない」と言う。よくつまずく。「さあ、何食べようか?」ばかり言う。
最初は「ちょっと~、ボケちゃったの~?」なんて冗談のつもりで言っていたのですが、次第に、あれ、あれ……冗談じゃなくなってきた! これは間違いなく認知症だ。困ったことになったぞと、ほんの少しだけ不安になっていったのを覚えています。

年に4~5回、実家に帰る私と二人の幼い娘は、祖母に会う度に「わたしの名前は何でしょうクイズ」をするようになりました。毎回、顔はわかるんです。だけど、名前が出てこない。

長女(ひ孫)が生まれた時に病院に駆けつけてくれた祖母
長女(ひ孫)が生まれた時に病院に駆けつけてくれた祖母

すると、祖母と一緒に暮らす母が「お母さん、あんなにかわいがってた孫じゃない。名前忘れちゃったの~?」と言うのです。
祖母に忘れられたことはいい。でもそれを別の人から言われると、祖母が私の存在自体を忘れてしまったような気がして悲しかった。ですが、そんな祖母の変化を娘たちは楽しんでいました。
「ばーば、わたしの名前わからないの? ヒントはねぇ……」
「違うって~。さっきも言ったじゃーん!」
「じゃ、もう一回だけ言うよ!」
「あははははは~。だからぁ~!」
2人の娘は、祖母にとっては80歳を過ぎてから生まれたひ孫。私は2度とも里帰り出産をしたので、祖母は2人を生まれた時からかわいがってくれました。
認知症になる前は、「うちの孫はすごい!」「違う、孫は私。この子たちはひ孫!」なんてやりとりを何度もしていたくらい、祖母である母を差し置いて、子供たちを溺愛していたのです。母は「自分の出番がない」と苦笑いしていました。

祖母は元気だった頃、バスに乗って娘たちをデパートに連れて行き、一日中遊んでくれました。
娘たちにとっては、自分が生まれた時からお金持ち(「お金は死んでも持って行けるわけじゃない」と言って何でも買ってくれる)なので、いつだって遊ぶ時間があって、何でも知っているひいおばあちゃんだったんです。
ところが娘たちが成長し、自分でバスに乗ったり買い物に行ったりできるようになると、今度は祖母が、それらができなくなっていきました。

実家に帰ると、母は「どんどん酷くなってるの」「もう困っちゃう」と愚痴を言い、私も「まあ……大変だよね」と相槌を打つ。その繰り返し。
そんなある日、私たちの話を聞いていた娘が言ったんです。その時はたしか、テレビで『志村けんのバカ殿様』を見ていました。

「なんで困るの? おもしろいじゃん」

えっ……! 今、何て言った? 私は娘を見つめます。おもしろい?
認知症のひいおばあちゃんを、小学校に入る前の娘たちは「おもしろい」と言ったんです。祖母のことをからかうわけでも、バカにするわけでもなく、純粋に「おもしろい」と表現している。
忘れちゃうことも、「知らない」と言うこともウソではないし、わざとじゃない。“バカ殿”のコントを見ながら大笑いしている娘たちにとって、祖母も同じような「愉快な人」として殿堂入りしていたのです。

「元気なまま変わらないでいてほしい」と願い、時に絶望するのは、老化や認知症の進行についての知識があるからなのかもしれません。
娘たちは、目の前の祖母の「今」を素直に受け入れてケラケラと笑っている。
そして、祖母本人も「ええ~、なに笑ってんの~!」と楽しそう。その時に思いました。純粋に人と向き合うこととは、こういうことなのではないかと。
帰省の度に繰り広げられる娘たちとひいおばあちゃんとのやりとり。私も次第に楽しみになってきていました。
この最高のコメディを書いてみたい。そう思ったのが『おばあちゃん、わたしを忘れてもいいよ』の始まりでした。

第2回に続きます

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