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貸金庫のドアをガチャガチャ!お義父さん警備員来ちゃう!もめない介護45

銀行の看板のイメージ
コスガ聡一 撮影

「帰る前に、銀行の貸金庫に寄って行きたい」

義父がそう言い出したのはもの忘れ外来受診の帰り、近所の駅ビルで昼食をとっていたときのことです。

当時、義母はお金の管理が難しくなっていましたが、義父は外出時には貴重品が入ったバッグをしっかり持ち、財布の中身も把握できていました。たとえば、買い物をしたいとなれば、ふたりで連れだってレジに行き、義母が「あなた…」と声をかけると、義父がサッと財布を出して支払う。長年連れ添った夫婦ならではの息の合った助け合いで、傍目には認知症だとは分からない手際の良さも見せていました。

通帳などは「念のため」と預かり、銀行の貸金庫に入れてありました。一方、義父自身の貸金庫については、そのまま義父の管理となっていました。中身は一緒に確認し、万が一カギを紛失したとしても、さほど大きな影響はなさそうなことはわかっていました。また、頻繁に出し入れする様子もなかったので、不信感を抱かれるリスクを負ってまで、貸金庫のカギを預かる必要もないだろうと判断したのです。

義父に「貸金庫に寄りたい」と言われたときは「何の用事が……?」と一瞬、不思議に思いましたが、「中身を確認したくなっちゃったのかな」と、さほど深く考えずにいました。

午後早めの時間に用事があった夫は、昼食を終えたところで離脱。義父と義母、わたしの3人で銀行に向かいました。

貸金庫の部屋のドアレバーをガチャガチャやりだした義父

「こんにちは」
「あら、お久しぶりです。お元気でいらっしゃいましたか」
「年をとると外に出るのがおっくうでねえ」
義母は、入り口に立っている案内係のスタッフに愛想良く対応してもらって、すこぶるご機嫌。楽しそうにおしゃべりをしています。

そして義父はというと……、貸金庫の入り口に向かってまっしぐら。貸金庫がある部屋に入るには、専用のカードを入れなくてはいけないのですが、そんなことはお構いなしにむんずとドアのレバーをつかみ、ガチャガチャやってます。えー!

あわてて義父のそばに行き、「おとうさん、貸金庫の部屋に入るにはまず、カードが必要です」と耳打ちすると、「そんなものはありません!」と、またドアレバーをガチャガチャ。

いやいやいや! おとうさん、待って待って!! それ、警備員飛んでくるヤツ!!!

「おとうさん、このお部屋に入るには専用のカードが必要です」
「そんなものは持ってない!」
荒ぶる義父。なんだ、このテンション……と思いながら、なんとかノンキな声を取り繕い、
「いま係の人に聞いてきますから、ちょっとお待ちいただけますか?」
と声をかけると、「ふむ……」と義父の手が止まりました。セーフ! 

そして、少し離れた場所に立っていた案内係の方に「専用カードを自宅に置いてきてしまったようなんです」と説明。義父のところに戻り、係員に問い合わせてきたテイで、「専用カードがないと中には入れないので、いったん家に戻りましょう」と伝えました。義父はわかったようなわからないような顔をしていましたが、「一緒に探せばきっと見つかりますよ」と重ねて言うと、少し表情がやわらぎました。その隙になんとか銀行を脱出。義父母の自宅に向かいました。

義父を追い込んだ、義母の推理

義父はしょんぼりと落ち込んだ様子で、黙って歩いています。一方の義母はご機嫌で、おしゃべりが止まりません。

「最近ね、貸金庫の(使用料の)引き落としが全然ないでしょう? だから、急に心配になっちゃったの」
「え? 引き落としありますよ」
「あら、そうなの? てっきり引き落としされてないのかと思ってたわ。だから、きっと貸金庫も誰かが勝手に解約しちゃったんだろうねって話してたの」
「解約されてませんよ。大丈夫、大丈夫」
「あら、そうなの。わたしの推理ではね、一文なしになっちゃったに違いないって思ってたんだけど。ウフフフ」

義母がニコニコしながら、物騒な話をしています。義父が銀行に行きたがった理由がなんとなく見えてきました。義母に繰り返し、繰り返し“推理”を聞かされるうちに、義父自身も自分の記憶に確信が持てなくなり、不安がふくれあがってしまったのではないでしょうか。実際には困っていなくても、経済的に困窮していると思い込む「貧困妄想」は、認知症や高齢者うつに由来する症状のひとつとしてもよく知られています。

しかも、貸金庫の専用カードやカギは定位置からなくなっていました。あちゃー! 義父が焦るわけです。

夫を不安にするのも、落ち着かせるのも妻

この時点で、すでに時間は14時20分。貸金庫に入れるのは銀行が開いている15時がタイムリミットです。ただ、できることなら、いまの状態の義父を銀行には再度連れて行くのは避けたい。そこでゆっくりゆっくり、40分以上かけて探すことにしました。何しろ、介護が始まってから、繰り返し繰り返し捜し物をしているせいで、抜群に失せ物探しの腕が上がっています。義父と義母の思考回路を少しずつ理解できるようになってきているため、おおよそ予想がつき、だいたい当たります。

あえて可能性が高そうな場所は外しながら、部屋の中をぐーるぐる。そのうち、待ちくたびれた義父はソファでウトウト居眠りを始めました。いいぞ、その調子!

結局、お目当ての貸金庫用カードとカギを発見したのは15時を10分ほど回ったところ。それでも義父は「銀行に行く!」と言い張りましたが、義母に「無理をして疲れるとあしたに響きますよ」とたしなめられてしぶしぶ納得。義父を不安にするのも義母、落ち着かせるのも義母という、夫婦のなんとも言えない関係性に驚くやら呆れるやら。表面上は落ち着いたように見えていても、「お金への不安」がムクムク育っている可能性があると痛感させられたできごとでもありました。

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