もめない介護

「親が高齢ってこと真剣に考えなさいよ」新年会で姉弟バトル もめない介護40

コスガ聡一 撮影

きょうだいや親せきでも、介護に対するスタンスや気になるポイントが異なる。最初は小さなズレでも、次第にそのギャップが大きくなっていくということも珍しくありません。

新年会など、家族一同が顔をあわせるタイミングは、面と向かって相談するチャンスですが、新年早々から険悪な雰囲気になるというリスクもはらんでいます。

我が家にも苦い思い出があります。

「親はもう高齢だってこと、真剣に考えなさいよ!」
「それは話が違う。親が『困っている』じゃなくて、姉貴の都合を押しつけているんじゃないか」

毎年恒例の家族新年会で、夫と義姉が激しい言い合いをしたのは、夫の両親の介護がはじまる数年前のことでした。以前は夫の実家に集まっていましたが、「準備が大変だから」という義母の要望で、外食に路線変更。いま思えば、老いのきざしではありましたが、認知症の気配はまったくといっていいほど感じられない時期のことです。

義父の新年のあいさつに始まり、すでに成人している孫たち(私たち夫婦にとっては姪たち)もまじえながら、和気あいあいと寿司を食べる。そんなノンキな光景が一転して修羅場になったきっかけは、「夫が学生時代に乗っていた原付バイク」が原因でした。

親の目の前でのきょうだい喧嘩は避けようと反省

家を出てから20年以上たつのに、原付バイクを処分していない。駐車場に置きっぱなしになっていて、車を停めるときに邪魔。親も迷惑しているのだから、すみやかに対応すべき! というのが、義姉の言い分でした。

親が原付バイクに乗る予定はないし、乗ってもほしくない、ということを考えると、義姉のいらだちは、もっともなことようにも思えました。しかし、頭ごなしにガミガミ言われ、夫もカチンと来たようです。

原付バイクを放置したのは確かに申し訳ない。でも日ごろ、車を運転していない親を引き合いに出して、「車を停めるのに邪魔で迷惑」というのはおかしい。姉貴が停めづらいというだけじゃないか。だいたい、原付バイクが停まっていたって、ふつうに車は停められるだろう! と言い返したものだから、さあ大変。激しい口論がスタートしてしまいました。

義姉は、弟(私の夫)の無頓着さを責め、夫は義姉が振りかざす“正義”の矛盾を突く。論点が違うまま、ワーワー言い合っているため、会話はひたすら平行線のままです。義父と義母は知らん顔。一方、私はというと、奇妙な展開になったなと思いながら、スマホで原付バイクを引き取ってくれる業者をこっそり検索していました。

きょうだい喧嘩をせざるを得ないこともあるかもしれないけど、親の目の前でやるのは避けようか。その年の新年会の帰り、電車の中で夫と話し合い、そんな結論に着地したのを覚えています。

衝突を避けるためにと黙っていては、解決できないこともしばしば

それでも当時はまだ親も元気だったし、義姉と夫のケンカに対し、黙殺するという態度を示していたので、まあいいのかと思える要素もありました。本人たちが、その関係性をよしとしているなら、赤の他人が口出す筋合いではないと感じてもいたのです。

しかし、いまは状況が変わりました。

義父母はそれぞれ、認知症と診断され、日常のコミュニケーションにはさほど支障がないものの、もの忘れをはじめとする記憶障害は一定の割合で起きています。印象が強いことは記憶に残りやすい傾向が見られますが、何を覚えていて、何を忘れるのかは日によっても違います。

そんな義父母の前で、以前と同じように派手なきょうだい喧嘩が勃発すると、「ケンカをした」という強い印象だけが残り、理由は忘れてしまうことも十分考えられます。「自分たちのせいでケンカをしている」「子どもたちに迷惑がられている」「悪口を言われている」など、あらぬ方向の思い込みが発生し、介護に支障をきたす可能性もあります。

その一方で衝突を避けるため、「何も言わない」を選択するかどうかも悩ましいところでした。たとえば、以前このコラムでも紹介した「冷蔵庫が気味悪い」問題の発端となった、無記名の「作りおきおかず」。伝えなければ、ことの重大さに気づいてもらえないままかもしれません。かといって、不用意に伝えれば、角が立つのは想像に難くありません。

さあ、どうするか。

介護家族同士が衝突しない工夫は、介護ストレスの軽減にも

夫婦で相談し、義姉に話を切り出すのは夫の担当と決めました。義父母からなるべく離れた場所に座り、穏やかにストレートに必要最小限のことを伝えます。過去の義姉とのやりとりを振り返った上で、遠回しな言い方をすると、かえって真意が伝わりづらくなるためです。

まずは伝えたいことをひとつだけ決め、どうすれば感じよく、誤解なく伝わるか、言い回しや声のトーンを徹底的にシミュレーションします。リハーサルも何度もしました。

当日、私は義父母の近くに座り、できるだけ気をそらします。それでも、夫と義姉の会話に気づき、不安に思っている様子があったら、すかさずフォローします。
たいてい新年会のときは、義父母は久しぶりに会う孫との会話に夢中で、夫や義姉には注意を払っていません。でも、義母の直感はピカイチ。認知症になってからも感受性にはますます磨きがかかる一方で、ふいに「あの子たち、なんだか深刻そうだけど大丈夫?」と聞かれることがあるので油断は禁物です。

「親を不安にさせたくない」「気まずい空気を味あわせたくない」と気を遣うのは、少々面倒ではあります。私自身も、新年ぐらいは何も考えずに過ごしたいと思ったことが何度もあります。ただ、衝突しない工夫は、介護ストレスを軽減するのにも役立ちます。しかも場数を踏むほどうまくなる。誰かが一方的に我慢するのではなく、伝えたいことは適宜伝える。でも、もめない。そのさじ加減を探る場としても、家族の新年会は役に立ちます。

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