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今日は晴天、ぼけ日和

汗びっしょり肌ひんやり 脱がない重ね着と心をはがす小さな噓

《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

もっさ、もっさ 着ぶくれした母親を指さす男性

訪問介護ヘルパーの田中さんが、
お宅に伺うと、
ご家族は開口いちばんに、訴えた。

「何度言っても、脱がないんだ!」

見ると、認知症が進んだ明子さんが
暖房の効いた部屋で、
ぱんぱんに着ぶくれていた。

「直しますね」「ありがとう」『中は、汗びっしょり!』

「えりもとを整えさせてもらえますか?」 

明子さんの了承を得て、
田中さんは、さりげなく指先で
肌着を確かめた。

肌着は、汗びっしょりで肌はひんやり! 

焦りそうになる気持ちをおさえて、
田中さんは小さな嘘をつく。

「今日は私、お医者さんから
 明子さんのお背中へ
 薬を塗ってください、と
 頼まれてきたんです」

身体を拭かれて気持ちよさそうなひと

それなら仕方ない、と明子さんは、
しぶしぶ服を脱いだ。

けれど、あつあつのタオルで
背中を拭かれる気持ちよさに、
明子さんは、にっこり。

その間に、田中さんは
余分な衣服を、そっと片付けた。

田中さんの小さな嘘は、
湯気のかなたに消えていく。

「母が、大量に重ね着をする。
 脱ぐように言っても、ちょうどいいの!と怒られてしまう。
 どうにかならないか?」 

それは、この冬の時期、
介護をされているご家族から、
ことあるごとに聞く、ご相談でした。 

余分な重ね着は、見栄えの良しあしだけでなく、
動きづらさからの転倒や、
トイレでの失敗が増える原因にもなります。 

ただ、ご本人は身体機能の衰えから、
体温が保ちづらくなったり、温かさを感じられなくなったりして
実際に「寒い」と感じているのかもしれません。 

こういった場合、
訪問介護ヘルパーは、ご本人と話しあいながら、
一緒に調整を行っていくことになります。 

ただ、今回の明子さんのケースのように
認知症が進まれた方においては、
言葉のやり取りだけでは、事態が改善されないことが多いのが実情です。 

こんなときには、ご本人をよく観察した上で、
ときには小さな噓を重ねることで
スムーズに進む場合がありました。 

相手の心身の安全を思いやるためであれば、
私は小さな嘘は致し方ない、と思っています。 

もちろん、その実行の前提には、
ご本人が心地よさを感じられるような
介護サービスの流れをつくることが不可欠です。


たかが衣服一枚、脱いでもらうために。 

訪問介護ヘルパーは、
援助職としての視点を活かしつつ、 

何げなく、さりげなく、
さまざまな工夫を重ねているのです。

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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