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今日は晴天、ぼけ日和

万引きしてしまったの……? 恐れおののく認知症がある女性を救った店長の対応

《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》

ジャムの瓶を手に取るひと

ただいま~と無事帰宅して、ほっとひと息。
認知症がある私は、ご近所の散歩でも緊張の連続だから。

でもカバンを置いて、はっとする。

なんでカバンにジャムがあるの?
どう見ても、新品だ。
今日は財布を、持って出なかったのに。

つまり、どこかの店から持って来てしまった?

ジャムの瓶と夫婦

私は罪を犯してしまったのか。
全身の震えが止まらないまま、夫に話した。

夫は私以上にぼうぜんとしながら、
「きっと、いつもの店だろう。まずはふたりで謝りに行こう」と
声を絞り出した。
携帯電話を持つ手が震えている。

ごめんなさい。全部、私が悪い。

「でも、お店にかける前に……」と
夫は、なじみの訪問介護事業所に電話をかけた。

店に入るひとたち

2日後、私たち夫婦は
訪問介護事業所の責任者さんに付き添われて、お店に向かった。

「代金を支払わずにお店を出てしまった理由を、
 すでに店長さんはご理解してくださっています。
 万引きではなく、手順を忘れるという、
 認知症の症状だということを」

責任者さんの言葉に、気持ちがだいぶ軽くなる。
私たちが来る前に、店長さんと話しあいをもってくれたのだ。

怖い。でも精いっぱいあやまろう。
私はお店に一歩、足を踏み入れた。

今回のお話は、私にとっても、
なじみのお店で実際にあったお話です。

この後、店長さんは、認知症へのご理解をしめされただけでなく、
「毎日、どうしたら安全に買い物ができるのか?」と
ご本人さんたちと共に考えて、実行してくださるようになりました。

具体的には、ご本人が来店した時には声をかけ、見守りつつも
支払いがスムーズにいかない時は、
後で家族が支払いにくる、という流れができたのです。

こうした、店長さんの臨機応変なご対応を引き出したのは何だったのでしょうか?

当事者さんの事情をよく知る、
公的な第三者(ここでは訪問介護事業所の責任者)が
介在できたことが功を奏したのではないかと思います。

認知症の症状が招いた、商品の未払い。

お店にとっては死活問題ですし、
当事者さんやご家族としても、
冷静でいられるはずがありません。

だからこそ、トラブルが起こった時、
お互いの事情を思いやれる第三者が間に入ることが大切だと思うのです。

認知症がある人のご事情だけを取り上げるのではなく、
「地域を支えるお店」としての立場もくんでくれる。
そんな第三者を交えて話し合うことこそが、
この繊細なトラブルの、解決のいとぐちになるのではないでしょうか。

そして、重要なことをもうひとつ。

認知症がある人のすべてが
未払いのトラブルを起こしやすいわけではありません。

「認知症が進んだ人のなかには、認知機能の低下のために
 支払いをスムーズに行えない場合がある」
ということを正しく理解し、受け止めること。

それこそが、1人ひとりが今すぐにつくれる、
誰もが生きやすい未来への、いとぐちかもしれません。

《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》

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