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アンガーマネジメントから始まるケア

認知症の介護 「笑顔の循環」をもたらす四つのポイント【アンガーマネジメントから始まるケア(16)】

認知症の介護では、介護を受ける当事者と介護をする家族とのお互いの感情に少し気をつけた方がいいことがあります。各地で専門職向けにアンガーマネジメントの講義をしている横浜市立大学医学部看護学科講師の田辺有理子さんと一緒に考えてみましょう。(なかまぁる編集部)

笑顔は心地よく過ごすために必要な要素

認知症の介護は、介護者にとって心身の負担が大きいことです。

相手の行動にイライラすると、その相手とは関わりたくなくなります。関わりを必要最小限にしていると、相手は寂しさが満たされず介護者を煩わせる行動をとり、イライラさせられる――。そんな悪循環から抜け出すために、介護する側が少しだけ考え方を変えてみましょう。

人間の基本的な感情には、「喜び」「嫌悪」「不快」「怒り」「悲しみ」「驚き」の六つがあります。認知症になった人は、他人の表情を読み取る力が衰えていきます。ある実験で、これらの感情を表情で表した写真を見せたところ、「喜び」の感情は認識できていましたが、若者や認知症でない高齢者に比べて認知症の人は感情を読み取る正答率が低い結果でした。

出典:Henry, J.D., Ruffman,T., McDonald,S., O’Leary.M.A.P., et al.(2008).Recognition of disgust is selectively preserved in Alzheimer;s disease. Neuropsychologia 46, 1363-1370.

認知症の有無にかかわらず人に笑顔で接することは大切とされていますが、認知症の人に対しては、特に笑顔以外の表情を読み取りにくくなることがあると意識しておく必要があります。

笑顔は、私たちが心地よく過ごすために必要な、簡単で効果的な要素です。笑顔は認知症をもつ相手のためだけではなく、介護者自身のアンガーマネジメントにも有効な方法です。怒っていても笑顔をつくることで、怒りが薄れて楽しい気持ちに置き換わっていきます。人間の脳は表情に影響を受けます。表情を作ることで脳がだまされるのです。怒っていても口角を上げて笑顔をつくると楽しい気持ちになり、反対に眉間にしわを寄せてしかめ面をしていると怒りっぽくなるといわれています。

とはいえ、こう書くと、怒っているのに笑顔になれないと思う人もいるでしょう。心からの笑顔がつくれなくても、最初は作り笑顔でも良いのです。試しに「に」と口を横に広げてみてください。

Getty Images

四つのポイントを実践してみよう

楽しいから笑うのではない、笑うから楽しいのだ。

哲学者・心理学者のウィリアム・ジェームズの言葉です。(19世紀にウィリアム・ジェームズとカール・ランゲが、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」という、刺激によって身体変化が起こり、情動が生じるのだと唱えた)

  • 笑顔で過ごす時間をつくる

認知症の治療には薬物療法のほか、脳を活性化するリハビリテーションや、適切な関わり、なじみの環境で過ごすなど、生活のなかで工夫できることがあります。楽しみながらコミュニケーションをとることを考えてみましょう。

  • 雑談をしてみる

介護が必要になると、行動の促しや介助のための声かけによるコミュニケーションの割合が多くなりがちです。特に反応がなくても支障のない内容で会話を振ってみてはどうでしょうか。季節の話題や、ニュースなど、日常のちょっとした話題で、会話をする時間をとりましょう。明るい口調を意識するだけで、笑顔をつくることができます。

  • 昔の話をしてみる

慣れ親しんだ道具や思い出の品などを手がかりにして、思い出を話すのも、認知症の人にとって楽しみながら脳を刺激する有効な方法とされています。回想法といって、病院や施設で治療の一環として用いられますが、家族ならではという話題もあるでしょう。不安や混乱から意識を逸らして、笑顔でいられる時間になります。

  • 簡単な作業を一緒にやる

本人ができる簡単な作業をお願いして一緒にやってみてもよいでしょう。時間がかかっても、それまでやってきたこと、できることがあります。役割を持ち活動することは本人の自信にもつながります。認知症が進むと物事への興味や関心も薄れて、情緒的な反応が乏しくなります。小さなことでも「わあ、すごい」「ありがとう」「助かった」など、大きめに感情を表すこともよい刺激になります。

こうせねばならないという考えは自分を苦しめる

「怒ってはいけない」、「笑顔でいなければならない」、「残っている機能に目を向けなければならない」、こうせねばならないという考えは、自分を苦しめることになります。思うような反応がなくても気にしないこと。また次にやってみようというぐらいで気楽に取り組んでみてください。

次回は、「認知症の在宅介護 要介護度が上がってきたら家族はどうする?」をテーマに考えていきます。

参考文献:大庭輝,佐藤眞一(2021)認知症plusコミュニケーション 怒らない・否定しない・共感する,日本看護協会出版会,38-54.
遠藤英俊(2012)よくわかる認知症Q&A知っておきたい最新医療とやさしい介護のコツ,中央法規出版,66-71.

【終了しました】田辺有理子さんを講師に招き、セミナーを開催します

なかまぁる編集部では、アラフィフや50代のLIFE SHIFT世代を対象にした「project50s」を始めました。コンテンツ&セミナーを基本とし、みなさんに満足度の高い情報をお届けします。

12月25日(日)には、田辺有理子さんを講師に招き、午前中は一般向け、午後は介護者向けの有料セミナーを開きます(申し込みは別)。詳しくは下記のバナーをクリックしてください。

◆午前セッション(https://project50s1seminar.peatix.com)

◆午後セッション(https://project50s2seminar.peatix.com)

田辺有理子(たなべ ゆりこ)
横浜市立大学医学部看護学科講師
精神看護専門看護師、保健師、精神保健福祉士、公認心理師
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会アンガーマネジメントファシリテーター(R)
看護師として大学病院勤務を経て、2006年より大学教員として看護教育に携わり、2013年より現職。医療・介護・福祉分野を中心に、介護ストレス、虐待防止などに関して、アンガーマネジメントやメンタルヘルスなどの研修、情報発信を行っている。
単著「イライラとうまく付き合う介護職になる! アンガーマネジメントのすすめ」(中央法規出版,2016)、「イライラと賢くつきあい活気ある職場をつくる 介護リーダーのためのアンガーマネジメント活用法」(第一法規,2017)、「ナースのためのアンガーマネジメント 怒りに支配されない自分をつくる7つの視点」(メヂカルフレンド社,2018)、「怒った人に振り回されない自分をつくる ナースのためのアンガーマネジメント2」(メヂカルフレンド社,2022)、共著「精神に病をもつ人の看取り:その人らしさを支える手がかり」(精神看護出版,2021)、雑誌「介護人財」(日総研出版)で2021年5月から「ゆりこ先生のちょっとこころを軽くする話」を連載中。

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