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認知症と生きるには

夢だった介護の仕事 その心が折れる前に 認知症と生きるには39

ニコニコされたり、「お前が盗んだな!?」と言われたりする人

大阪で「ものわすれクリニック」を営む松本一生さんのコラム「認知症と生きるには」(朝日新聞の医療サイト「アピタル」に掲載中)を、なかまぁるでもご紹介します。今回は、介護現場で起きている「人手不足」から悩むグループホーム職員について考えます。(前回はこちら

介護保険が始まってから18年、介護現場では2000年の介護保険が始まった当時では考えられないような人手不足が起きています。当初は無限の可能性やチャンスがあると信じて、多くの人が参入してきましたが、今では少し状況が異なります。

熱意ある認知症介護の末に 裏切られる期待感

介護保険が始まった時のイメージと、それから数年経ったときに社会が介護職に対して持つようになったイメージに差が出ました。以前は「介護職は仕事がきつい、収入が少ない」といった情報が出回り、時には介護学生の親が「そんな仕事に就かないでほしい」と発言する姿をテレビの画面で目にしたことも覚えています。

本当はもっと収入を確保してほしいと思います。人の介護をするプロフェッショナルとして、働きに見合うだけの収入が確保できてこそ、家庭も持て、次の世代を育てることもできます。介護保険が始まってから、介護労働環境や経済面で歯を食いしばりながら負担に耐え、それでも人のために自分の人生を捧げようとした多くのケアマネジャーや介護福祉士、ホームヘルパーを私は知っています。介護保険が破綻せずに今まで存続できたのは、ひとえに彼らのような努力の人がいてくれたおかげです。

しかし介護現場では慢性的な人手不足が続いています。先の理由で介護の仕事に就こうとする人が減ってきたこと、就いたとしてもやめていく人も多いこと、そして増え続けるデイサービス事業所、グループホーム、サービス付き高齢者住宅などの影響を受けて、最近では地域によって、これまで長い時間待たなければならなかった特別養護老人ホームの部屋に空きがあるという、信じられないことを聞いた地域もありました。その分、どうしてもフロアの職員の数が少なくなって「取り合い」状態になっているところもあるようです。

「善意の加害者」になるとき

開所して2年目を迎えるグループホームに入居してきた92歳のAさん(男性 アルツハイマー型認知症)は夜間にせん妄を起こします。せん妄とは意識が少し混濁した状態で、いわば目を開けていても頭の中は半分眠っているような状態です。午後10時ごろから彼の「せん妄」は激しくなり、グループホームの居室からリビングルームのほうに出てきます。

そのグループホームの1階のユニットの定員は9人です。介護福祉士の藤下直樹(仮名)さんという男性(25歳)が夜間当直をこなします。彼は現場の経験が2年目、ちょうどグループホームができた時に介護福祉士になって勤め始めました。18歳で高校を卒業し、飲食店で修業を始めましたが、どうしても小さいころからの夢である「福祉や介護の仕事がしたい」との思いを捨てきれず、介護の専門学校に進みました。

彼が当直の夜は新しい入居者の82歳のBさん(女性 血管性認知症)がいて、まだグループホームになじめず、「私、家に帰らせてもらいます」と何度も玄関に行きます。その人も制しながら当直(ひとり当直体制)を続けていました。

未明のことです。これまでにも昼夜逆転をする54歳のCさん(男性、若年性アルツハイマー)がこの日に限って大声をあげはじめ、リビングルームに歩いて出てきました。藤下さんがCさんを抑えて部屋に戻そうとしたときのことです。Bさんも「私、帰ります」と言って部屋から出てきました。そしてあろうことかAさんまでリビングに来てしまいました。

少しパニック気味になった藤下さんは両手でBさん、Cさんを押さえながら、「ごめんねAさん、手が足りなくて」と言いながら、つい突進してくるAさんを、右足を上げて制しようとしました。転倒を防ぎたかったのです。しかし運悪く足をあげたときにバランスを崩しAさんの股間に勢いよく当たってしまい、Aさんは転倒して、大腿骨の首の部分を骨折してしまいました。

その後、Aさんの家族から「虐待された」との告発があり、藤下さんはグループホームをやめることになり、今でも係争中です。

介護職のストレス対応を

介護の世界では虐待などと疑われるような行為のことを「不適切行為」と呼びますが、そのなかには「こういう行為は虐待・不適切行為ととられても仕方がない」と知っていれば防げたものも多くあります。しかし人手が少ない中でふんだんに研修に割く時間はありません。藤下さんも意欲ある介護職だっただけに、彼が深く傷ついて介護の仕事をやめてしまったことが残念で仕方ありません。

私は彼が落ち込んでいた時に出会いました。現在では患者さんの数が増えて介護職のカウンセリングをおこなう時間がなく、担当することはなくなりましたが、10年ほど前までは介護職や福祉職の「燃えつき」を防ぐためにカウンセリングを行っていました。研修ばかりに時間を割くには限界があると思いますが、私は介護の事業所や病院など、対人援助を必要とする現場はどこも、職員のストレスコントロールをおこなう部署が必要だと考えています。ひとりでできるストレスコントロールには限界があります。プロとして自分にかかっている過重なストレスに気づくことが大切である一方で、組織として介護職を守るためのストレスコントロールが必要です。

次回は認知症を支える連携がうまくいかなかったときに、支援職がその困難を乗り越えた話を書きたいと思います。

※このコラムは2018年10月25日に、アピタルに初出掲載されました

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