うつ?認知症?「やる気がない」と感じたら 見極めポイントはどこ?
執筆/松本一生、イラスト/天野勢津子
大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生によるコラム「認知症が心配なあなたへ」。認知症になること、なったことに不安を抱えているあなたの心を和らげるような、認知症との向き合い方、付き合い方を伝授していきます。今回のテーマは、認知症の前触れになることが多い「やる気のなさ」について、うつ病や不安障害との違いを見極める際のポイントを解説します。
誰でも年齢を重ねると例外なく、これまで積極的にやってきたことが何となく「おっくう」になり、先延ばししようとしたり、やめておこうとしたりする傾向が出てくるものです。
ボクがこれまで患者さんを診療してきた経験から見ても、軽度認知障害から認知症の始まりにかけて、「何もする気が起きなくなった」と訴える人がたくさんいます。日ごろから患者さんに対して話すときや講演でも「やる気がなくなるのは認知症のサインのひとつ」として注意を促すようにしています。
※前回記事『指5本で考える「認知症かも?」 ものわすれ以上に注意すべきサインとは』で掲載した「当事者が変化に気づいた場合」の表も参照してください。
しかし、それを拡大解釈して、やる気が低下することが必ず認知症の前触れであると早合点してしまうと、誰もが自分を認知症かと心配してしまいますので要注意!です。今回はそのあたりのポイントについて書いてみたいと思います。
「やる気のなさ」に自責感が伴うかを見極める
認知症というと多くの人が思い浮かべるであろう「隣の部屋に行くと何をしに来たのかわからなくなる」といった「もの忘れ」に関することとは異なり、この「やる気のなさ(無気力)」は自分では気づかない場合があります。
一方、何かとやる気が出ないことに気づいた場合は、悩む人も多いのが特徴です。
このようなやる気のなさに自分で気づいたとき、多くの人は「あれ、私はうつ病になったのかな」と不安になりがちです。うつ病あるいはうつ状態の場合、あなたのこころの中で自分を責める気持ちが出てきます。「自分が悪いせいだ」、「自分などいないほうが良い」と自己否定する気持ち(自責感)があれば、それはうつ病やうつ状態です。うつ病には良い薬があり、適切な精神科、心療内科を受診し、治療をすることで、良くなります。やる気が出ないことに気づいたときに、まず大切なことは、自分自身を否定する気持ちがあるのか、ないのか見極めることです。普段から家族や友人に、自己否定をするような言動をしていないかといった点に注意しておいてもらうとよいでしょう。
その人に「うつ病」やうつ状態がある場合には、元気づけたり、励ましたりすると、逆に「何もできない自分が悪い」と悪化することもありますので、やってはいけません。「やる気のなさ」に自責感が伴っているか、自責感はないのか見極めることが、治療を進めていく上でも、とても大切なポイントになるのです。
認知症の場合は、強く勧めると「できる」傾向
自分を責める気持ちがなく、やる気のなさが続いた場合には、
1:加齢による気力の衰え
2:ホルモンや血液のバランスの悪さ
3:脳の変化。たとえば小さな脳梗塞(こうそく)などによるものなど
を想定して経過を見ていきましょう。
できれば自分で勝手に考えず、早い段階で「かかりつけ医」に相談し、その後の経過を見ていくことをお勧めします。
その先生(医師)や家族といっしょに経過を見ていき、必要に応じて専門医を紹介してもらうのが、もっとも安心できる体制だと思います。
もし、認知症が原因で「やる気が出ない」場合は、何か行動をする前には「面倒くさい」、「やる気が出ない」と言うのですが、いざ、実際に行うと全く問題なくできることがあります。また、直前になって「どたキャン」しようとする傾向も出ますが、少し強く勧めると「できる」ことも多いのが特徴です。
画像検査の結果を共有し、不安を解消
ボクが担当した受診者には、「やる気がない。認知症になったらどうしよう」と、この先への安心感が持てなくなってしまう人が、かなりの高さの割合でいました。
その中には、心配のあまり、不安障害に陥る人もいます。「気になることが頭の中から払拭(ふっしょく)できず、日々の生活にまで支障をきたす」という状態になってしまうのです。こうなると「大丈夫」と言われても、そのことで安心するどころか、より不安が強くなってしまいます。いくつもの医療機関を受診して、すべての所で「何もない。大丈夫」と言われても納得できず、不安が増し、受診をくり返すような方もいらっしゃいます。「やる気が出ない」と訴える人がいたら、心配のあまり、不安にさいなまれて生活に影響が出ていないかを、注意して観察することが重要です。
少しややこしいことに、当初はうつ病ではなく不安障害から「やる気が出ない」と悩んでいる人でも、その状態が長く続き、不安にさらされ、しかもその原因をその人が納得できずに過ごしていると、元はうつ病でなかったのに二次的抑うつ(不安が続いた結果としてうつが出ること)になってしまい、自責的になることがあります。
そうしたことをできるだけ防ぐためにも、ボクは、頭部のMRIなどの画像検査をして、結果をその人と共有するようにしています。認知症は「脳が変化する病気(器質性疾患)」です。検査結果から認知症かどうかを見極め、認知症でない場合には、将来を心配し過ぎずに、安心して、日々の暮らしを続けていくことが大切です。