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認知症が心配なあなたへ

指5本で考える「認知症かも?」 ものわすれ以上に注意すべきサインとは

夫が「今、何しにここに来たんだっけ?」と言ったとたん、妻がにやりと笑う

大阪の下町で、「ものわすれクリニック」を営む松本一生先生によるコラム「認知症が心配なあなたへ」。認知症になること、なったことに不安を抱えているあなたの心を和らげるような、認知症との向き合い方、付き合い方を伝授していきます。今回のテーマは、多くの人が経験したことがあると思われる「もしかして、認知症かも?」と感じた後の対応方法についてです。

みなさんは、夫婦の間で、あるいは家族の中でお互いの「ものわすれ」を試していませんか?

たとえば、居間から食堂に行こうとしていた夫が、いざ食堂に来て立ち止まり「あれ? 俺、今、何しにここに来たんだっけ?」と言ったとたん、妻が(にやりと笑って)「それ、認知症の始まりじゃないの?」と突っ込む。そんなやり取りが、日常茶飯事の風景になっているんじゃないでしょうか。ちょっとからかうつもりで「おかしいんじゃないの」と言った場合でも、言われたほうは案外、「ドキッ」と、こころに痛みを感じている場合がありますので要注意。ものわすれを気にするきっかけは、そういった場面で自信を失うことからはじまります。

手のひらと指で表す「ものわすれ」の5段階

ボクの診療所には年に250人ほどの初診の患者さんがいます。そのうち100人弱が「ものわすれ」が発端となって来院されます。自分で気にする人も多く、そのような人の不安をなくすため、ボクは、ものわすれについて、大きく分けると5段階あることを、手のひらと指を使って説明するようにしています。

まず親指。ものわすれがあったとしても年齢相応のもので、誰でもその年齢になると起きてくるもの(生理的と言います)。これは「健忘」と言われます。

次のレベルは人さし指です。「軽度認知障害(MCI)」といって、ものわすれはあるけれど、その人が一人暮らしをするとしたら可能なレベルです。この軽度認知障害はまだ認知症ではなく、その前段階です。ボクの診療所のデータからするとMCIの人が本格的な認知症になるのは3人に1人程度です(あくまでもボクの手元にあるカルテのデータからです)。中指から小指にかけては認知症を表し、初期、中等度そして重度の認知症と考えられます。 

「私は認知症になったんじゃないか」と心配して来院する人は、圧倒的に健忘とMCIの人です。冒頭のエピソードのように「別の部屋に来たら、何しに来たかわからない」という場合もそうです。そのうっかりとした間違いに「ドキッ」として、その不安が広がってしまうと、不安はどんどん深みに入ってしまいますが、認知症ではないことが多いです。また、いくつものことを同時にしようとした場合、若いころは同時にできていたにもかかわらず、ある年代からはその両立ができなくなっていきます。そのことを「認知症!」と拡大解釈しなくても大丈夫です。それは認知症になっているサインとは限りません。

「やる気の減退」、「五感の鈍さ」に注意

次に掲載する図は、ボクがこれまで30年にわたって「ものわすれ外来」をしてきたなかで、「ものわすれ」を自覚して来院した後に認知症になった843人の「訴え」の中から多い順に5つを取り上げたものです(松本診療所のカルテ1991年から2021年まで)。

当事者が変化に気づいた場合(重複あり)
物をどこに置いたかわからなくなる   473回答
何事も面倒くさくなった        261
待ち合わせや約束を違えることが増えた 209
味やにおいがわかりにくい       196
昨日の晩ご飯の献立が思い出せなかった 102

あくまで1医療機関のデータですから、必ずしもすべての人に当てはまるデータではないかもしれませんが、「物をどこに置いたかわからなくなる」の次に多かったのは「何事も面倒くさくなった」という変化です。みなさんの中で「ものわすれ」だけを気にしているなら、ここに掲げたように「やる気の減退」、「五感の鈍さ」などの症状が出ていないかも注意しましょう。

「面倒くさい・・・」食事も洗顔も、何もしたくなくなってしまう

不安な気持ちを受け止めてくれる人とつながることが大切

そうした症状に気づいたときには、あなたを普段から診察し、理解してくれている「かかりつけ医」の先生にまず、相談してみましょう。その先生から地域で認知症を支える「認知症サポート医」の先生につないでくれるかもしれません。そして精密検査が必要であれば専門医療機関の検査につながる手続きをするのが良いと思います。

もしあなたの心配が本当になって、認知症と診断された場合に大切なことは、みなさんが住んでいる地域でしっかりとサポートを受けることです。遠くの高名な先生を受診することよりも大切なのは「認知症かな、それとも軽度認知障害のレベルかな」と迷うような時点で、日々の生活を送りながら、不安な気持ちを分け合い、受け止めてくれる人に出会うことです。専門医はどちらかといえば「診断」を担い、その後、あなたや家族の不安と向き合うときには、地域を支える医師や介護職と連携することが大切です。

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