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高齢の父と認知症のわたし:1

父が実家から出る引っ越しの日、荷物が搬出される様子を見て、ただただ家族との思い出がよみがえりました
父が実家から出る引っ越しの日、荷物が搬出される様子を見て、ただただ家族との思い出がよみがえりました

こんにちは、若年性認知症当事者のさとうみきです。
これから、父のことを書きたいと思います。

母が2008年に70歳で他界してから、
昭和の頑固な父は、すっかり小さな頑固じいさんになり、用心深くもなりました。

私が育った実家は、東京都八王子市内にある戸建てでした。
住み慣れた我が家について、父が「戸建ての窓の多さが怖い……」と、
不安を口にするようになったのは、数年前のこと。
以前では、考えられないことでした。
そして、「引っ越したい……」と。
わたしはまだ、認知症の診断を受けていませんでした。

父は、都内の我が家のすぐ近くのマンションに引っ越してきました。
ただ、半年間で八王子の実家に戻ることになりました。
というのも、父の生活には、
母の友だちでもあり、母が亡くなってからも父にとても良くして下さるご近所の方の存在が大きかったためです。
そして、優しいご近所のみなさまに支えて頂きながら、
父は、その後、実家で1年あまりを過ごしていました。

母が毎日、夕方からたくさんの料理を作ってくれていたキッチン。ちょうど亡くなる数年前に新しくしたばかりでした
母が毎日、夕方からたくさんの料理を作ってくれていたキッチン。ちょうど亡くなる数年前に新しくしたばかりでした

けれど、改めて、父は
「元気なうちに、自宅だけではなく、迷惑をかけないように色んな整理をしたい」
と言ってきたのです。
このとき、わたしは認知症の診断を受けたばかりで気持ちもドン底のころでした。
それでも、様々なやり取りをし、
3年前に、父は45年間暮らした八王子市の実家を手放すことになりました。
その後は、再び、我が家の近くのマンションでひとり暮らしをしていました。

そして、今年に入り、コロナ禍の生活が続いたせいでしょうか、
急に、わたしに会うことも、買い物に行くことすらも怖がるようになったのです。
このままでは、一般的なマンションで父がひとり暮らしを続けることは、難しくなっていくだろうと、わたしは不安を感じるようになりました。

<次回に続きます>

ここはわたしの部屋。姉妹での思い出。ときに悩みを吐き出していた場所
ここはわたしの部屋。姉妹での思い出。ときに悩みを吐き出していた場所

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