命の最期について話し合っていますか? ACP(人生会議)とは何か、説明します
取材/中寺暁子
どのように生きて、どのように最期を迎えるのか。いま「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」が注目されています。将来の変化に備えて自分の人生観や価値観を見直し、医療や介護について計画しておくACPが生まれた背景やその意義、具体的な取り組み方について紹介します。
ACPについて解説してくれたのは……
- 三浦靖彦(みうら・やすひこ)
- 東京慈恵会医科大学附属柏病院総合診療部診療部長
1982年東京慈恵会医科大学卒業。同大学第二内科学入局、国立佐倉病院内科医長、東京慈恵会医科大学腎臓高血圧内科学教室講師などを経て、2015年より現職、2020年から同大総合診療内科学講座教授。腎臓内科、総合診療に携わるかたわら、臨床倫理の普及に努める。日本臨床倫理学会理事、日本生命倫理学会理事、「自分らしい生き死にを考える会」副代表。
ACPとは
ACPは、人生の最期を目前にした「終末期」の医療について決めておくことだけではなく、幅広い意味合いを含みます。ACPの意味や注目されている理由について紹介します。
アドバンス・ケア・プランニングの意味
ACPとは「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)」の略です。直訳すると「アドバンス=事前の」「ケア=介護、看護」「プランニング=計画」です。将来の変化に備え、その時の医療やケアについて、本人を主体にその家族や近しい人、医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援するプロセスのことです。
ACPは単に終末期の“医療”を決めておくことだと誤解されやすいのですが、基本となるのは「自分が何を大切にして、どのように生きていきたいのか」といったことを考える仕組みです。その延長線上にあるのが、医療や介護が必要になった時にどのように病気と向き合うのか、どのようなケアを受けたいのか、終末期にはどのような治療を望むのかといった、医療やケアのあり方です。
ACPが生まれた背景
ACPはどのように発展、普及してきたのでしょうか。ACPが生まれた背景について紹介します。
終末期医療の事前指示から発展して生まれた
終末期において、かつては患者の意思に関係なく、当たり前のように延命措置が行われていました。しかし、延命措置をしたとしても、その後のQOL(生活の質)を望めない進行がんや重度の神経疾患の患者への対応を中心に、延命措置について本人が意思表示する動きが始まります。そして1980年ごろから、意識がはっきりしているうちに自分の受けたい、または受けたくない医療についての指示を出しておく“事前指示”の概念が生まれました。
具体的には、終末期に人工呼吸器、輸血、透析をするかどうか、物を食べられなくなった時に胃ろうをするかどうかといったことです。しかし専門的な医学的措置について、患者が自分で考えて指示を出すのは難しい側面があります。また、最期の時に指示の内容が現状とそぐわないといった問題点もありました。
そこで90年代に米国でスタートしたのが、医師による指示書である「POLST(ポルスト:Physician Orders for Life-Sustaining Treatment)」です。生命に関わる病気にかかっている患者と医師が相談して決定していく指示書で、米国では法的効力があります。日本向けの翻訳もありますが、それが定着する前に登場したのが「ACP」です。本人と医師だけではなく、家族や医療・ケアチームが話し合いを重ねて、医療行為についての決定にとどまらず、本人の意思を共有、尊重していく点が、POLSTとは大きく異なります。
ACPが注目されるわけ
事前指示の概念やPOLSTは欧米で発展していきましたが、日本ではなかなか普及しませんでした。例えば米国など医療費が高い国では、多くの人がせっかく高い費用を払うのだから、医療について自分で選択したいという意識を持っています。一方、すべての人が保険に加入している国民皆保険の日本では、医療に対する信頼感が強い傾向があることなどが影響しているのかもしれません。
とはいえ、近年は個人が多様な価値観を持つようになり、さらに高齢化社会において、病気について考えることが身近になってきた結果、ACPが注目されるようになったともいえます。
「終末期医療」から「人生の最終段階における医療」へ
国をあげてのACPの普及、推進活動もすすみ、厚生労働省は2015年に「終末期医療」を「人生の最終段階における医療」という表現に改めました。そこには、終末期医療に限らず、最期まで尊厳を重視した人間の生き方に着目した、最適な医療・ケアが行われるべきだという考え方が反映されています。
日本医師会は、2008年に作成した「終末期医療に関するガイドライン」を見直し、2020年5月に「人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン」へと改訂、ACPの重要性を指摘しています。また、日本老年医学会は、2019年6月に「ACP推進に関する提言」をまとめ、多くの人に対してACPが行われるべきであるとの考えを示しました。
なぜ「人生会議」と言われるの?
厚生労働省は、ACPについて普及・啓発を進めるなかで、ACPの愛称を「人生会議」と決定しました。なじみやすい言葉で呼ぶことで、国民の生活に浸透させることを目指すほか、信頼する人や医療・ケアチームと話し合う(=会議する)ことが重要であるというメッセージも込められています。
ガイドラインの紹介
ACPでは、本人が医療・ケアチームとともに終末期医療を含めて、これからの生き方を繰り返し話し合うことが重要です。実施するための具体的な手引きとして、厚生労働省は、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を策定、2018年の改訂版では、地域包括ケアシステムの構築への対応やACP の重要性を強調しています。
また、日本医師会でも上記を参考にしたガイドライン「人生の最終段階における医療・ケアに関するガイドライン」を策定。ACPの考え方を盛り込み、在宅や介護施設の現場に配慮した内容になっています。
ACPはどういう時に必要なの?
ACPはどのような場面で効果を発揮するのでしょうか。想定される事例や準備していないと困る場面について紹介します。
想定される事例
人生の最終段階において、最も大切なのは本人の意思であり、医療やケアについても本人の意思が尊重されます。しかし、薬物投与、人工呼吸器装着、栄養補給などの措置が必要になったタイミングで、本人が正常な判断ができなかったり、意思を明らかにできないような状態になっていたりして、本人の意思を確認できないことがあります。
こうした場面で、ACPの考え方に基づき、家族や医療・ケアチームの中で本人の意思が共有されていれば、本人の意思を尊重することができます。例えば最終段階での医学的措置について本人の具体的な指示がなかったとしても、ACPに取り組んでいれば本人の根底にある価値観や人生観は共有できているので、家族や医療・ケアチームで話し合い、本人の意思を推定することができます。
準備していないと困ることは?
医学的措置についてAかBかの選択が必要になった時、本人の意思が確認できなければ、一般的には家族が医療スタッフと話し合ってその後の方針を決めることになります。しかし本人の人生観や価値観がわからない状態で決めなければならない状況は、家族にとって精神的な負担となります。本人が亡くなったあとも、「本当にAを選んでよかったのか」と自問自答し、落ち込んだり、後悔したりすることもあります。親戚などから選択について批判されることもあるかもしれません。
しかしACPに取り組んでいれば、医療・ケアチームと話し合い、この人はこんな人生を歩み、こんな希望をもって生きてきたのだから、きっとAを選択するだろう、この人にとってはAを選ぶことが幸せだろうと推定できます。
誰に何を言われようと、本人にとっての最善を選択できたに違いないと、家族も医療・ケアチームも決断に自信を持つことができるのです。
ACPの構造と手伝う人
具体的にどのように行うの?
ACPはいつからどのように始めればいいのでしょうか。具体的な取り組み方について紹介します。
いつから取り組むべき?
意思を伝えることができなくなる日が、いつ訪れるのかを予測することはできません。ACPの土台となる自分が何を大切に思い、人生をどう過ごしていきたいのかを考えることは、30代でも40代でも早すぎるということはありません。人生観や価値観について考える癖をつけておくことは、いくつになっても自分らしく、生き生きと過ごすために役立つはずです。
逆に意識がはっきりしているうちであれば、高齢でも病気をもっていても、遅すぎるということはありません。
健康成人のACP
健康なうちは、図の土台となる部分のように、自分が何を大切に思い、人生をどう過ごしていきたいのかを考え、ノートに記したり、家族や地域社会と共有したりしておきます。
病気を持った患者のACP
病気になったり、高齢になったりしてかかりつけ医をもつようになれば、どのように病気とともに生活していくのか、どのように病気と向き合うのかといったことについて医師と話し合います。
さらに介護が必要になったタイミングで、訪問看護・介護スタッフ、ケアマネジャー、地域の行政サービスの担当者などと、どのようなケアを受けながら、どのように過ごしていきたいのかといったことについて話し合います。
命に関わるような病気になったり、余命がみえてきたりした時点で、人工呼吸器や輸血、栄養補給の方法、透析、看取りの場などについての希望を医療・ケアチームとともに話し合います。
以下は、日本医師会が公開している「終末期医療 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)から考える」から、「ACPでは何を話し合えばよいのですか?」を抜粋したものです。
ACPでは何を話し合えばよいのですか?
さまざまなノート(エンディングノート)
自分の思いを残すための手段として、さまざまなノートがあります。自分が何を伝えたいのかによって、選ぶノートも変わります。
自分の人生観や価値観を伝えたいということであれば、「自分らしい生き死にを考える会」で作成している「私の生き方連絡ノート」(EDITEX社)というものもあります。自筆で書き込む形式で、自分の人生を振り返りながら今後のことも考えられるような構成になっています。例示もあるので、何を書いたらいいのかわからないという人にも書きやすいでしょう。
終末期の具体的な医療行為について、チェックボックスで選択していくようなノートもありますが、それだけでは自分の思いを伝えるという意味では不十分かもしれません。
「私の生き方連絡ノート」では、判断力がない時の医療行為について、例えば私なら次のように書くことができます。
「今と同じ程度の健康状態に戻れるなら、患者さんを診察したり、講演活動をしたりして人の役に立てそうなので、1カ月間は徹底的に治療してください。1カ月経って回復の兆しが見えない場合は、可能な範囲で治療を中止してください」(三浦医師作成)
各自治体でも、様々な冊子などを提供しています。例えば東京都では「わたしの思い手帳 書き込み編」を配布しています。
医療行為については医師に任せたい、遺産や葬儀についての思いを優先したいといった人は、そうしたことがメインとなるエンディングノートを選ぶといいでしょう。
家族との話し合いのタイミングは?
高齢の家族がいる場合、早いうちに意思を確認しておきたいところです。いきなり「最期をどのように迎えたいのか」を聞き出そうとすると「縁起でもない」と怒る人もいます。そこでおすすめなのが、「もしバナゲーム」です。米国で開発された「GO WISH GAME」というカードゲームの日本語版で、例えば自分があと1、2カ月しか生きられないとしたら、「どのようにケアしてほしいか」「誰にそばにいてほしいか」「自分にとって何が大事か」といったことを考え、選択していきます。ゲームなので気軽に取り組むことができ、それまで自分でも意識していなかったような価値観に気づくことができます。
例えば正月など家族が集まるタイミングで、もしバナゲームをすれば、家族みんなで思いを共有することができます。正月の恒例行事にできれば、理想的です。
ACPは見直しが必要
病状や家族のイベントなどによって、本人の意思は変化していきます。また、実際にどのように最期を迎えるかは多様で予測がつきません。
例えば、人工呼吸器はつけたくないという指示を出していたとしても、「孫の結婚式があるからそれまでは人工呼吸器をつけてでも生きたい」と変わることは十分に考えられます。意思決定のための話し合いは繰り返す必要があり、ノートを記している人も毎年の正月に見直すなど、1年に1回くらいのペースで見直すことが大切です。
認知症とACP
認知症が進んでから肺炎やがんなど命に関わるような病気になった時、医療の選択は家族に委ねられます。しかし、家族の希望と本人の意思は別のものです。本人の人生観(家族による本人の意志の推定)がわかっていれば、本人の意思に沿った選択をすることができます。例えばアクティブで体を動かすのが好きな人なら、自由に体を動かせるように積極的な治療を選択するだろうと考えることができます。家で静かに読書をするのが好きな人なら、リスクをおかしてまで積極的な治療は望まないかもしれない、などと推測することができます。
ACPの意味からは少し外れますが、たとえ認知症が進んでいて本人はACPに参加できなかったとしても、本人がどのような人生を歩んできたのか、どんなことが好きで、何を楽しみにしていたのかといった家族からの情報をもとに、医療・ケアチームと家族とで今後の医療やケアについて考えていくことはできるのです。
最期を迎える場面だけではなく、日常の医療やケアの場面でもこうした情報は役立ちます。例えば看護師が「こんなお仕事をされていたんですね」といった話題に触れながらケアすると、本人も昔のことを思い出して機嫌がよくなることがあります。そうした様子を見た家族もうれしい気持ちになります。また、患者の人となりがわかると、ケアする側の気持ちも変わってくるものです。
認知症の際のACPガイドラインの紹介
認知症の人が本人の意思が適切に反映された生活を送れるように、厚生労働省は「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定ガイドライン」(2018年6月)を策定しました。認知症の人の意思決定を支援する標準的なプロセスや留意点が記されています。
ACP体験談
すい臓がんと診断され、余命宣告された70代の女性
すい臓がんになり、医師から余命5年と伝えられた70代の女性は、5年間で自分の人生に区切りをつけるプランを立てました。子どもたちへの遺産額を決め、それ以外のお金は使い切ろうと、ヨーロッパ旅行や豪華客船の旅に出かけます。旅先では自分の写真をたくさん撮り、その中から葬式で使用する遺影を自分で選び、葬式で流す音楽も決めていました。主治医とも話し合い、できるだけ自宅で過ごしたいという希望を伝えたうえで、最期の時を過ごすホスピスを指定。痛みや苦しみがないようにという希望に沿って麻薬をコントロールし、最期は苦しまずに亡くなりました。別れの会では、家族は涙を流しつつも、「お母さんらしく旅立ったね」と満足して母親の死を受け入れることができたのです。
自らの意思で角膜を提供した80代の女性
70代になった時に子どもから「私の生き方連絡ノート」をもらった女性は、そこに自分の生き方に対する思いをつづっていました。また、死後に角膜を提供するため、アイバンクにも登録していました。訪問医師や訪問看護師にはノートを見せながら、これまでやこれからの人生について日ごろから伝えていました。
80代になって自立生活が難しくなり施設に入所しましたが、「生き方ノート」に記載した本人の意思を叶えると言ってくれる介護施設と出会うまでには、何件も断られたそうです。理解を示してくれた施設に入所でき、最期は本人の希望通り、積極的な治療はせずに自然経過で亡くなりました。関係者以外の施設内立ち入りを禁じていたコロナ禍にあっても、アイバンクの医師、スタッフの受け入れを可能にした施設の協力で角膜を提供することができ、後日「お二人の方の目に光が戻りました」と家族に伝えられました。
加えて後日、ご家族から「実際の医療介護現場では、まだまだ『生き方ノート』などACPの認知度は低く、そこに記載された本人の意思を尊重する意向を示してくださる施設、病院は少ない(ほぼ皆無)のが現状でした。もっと、このような本人の生きざま、死生観を尊重してくれる病院・施設が増えることを切に願っています」というお話をいただきました。
始めてみようACP
ACPは本人や家族とともに医師や看護師などの医療従事者、ケアマネジャーなどの介護職、ソーシャルワーカーなどの多職種で話し合うことが基本となります。しかし、自分の人生観や価値観を見直すことは、今すぐにでもできることです。これからの人生をより前向きに生きるためにも、ACPを始めましょう。