働きながらの母の介護 荒れた部屋 夕飯はいつもコンビニ飯でも許して
《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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僕は高齢の母と、2人暮らし。
夕飯はいつも、会社帰りに寄る、
コンビニのお総菜。
口の悪い人は言う。
「親不孝な息子」
……そんなの知っているよ。
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この荒れた家を
若かりし日の母が見たら、
どんな顔をするだろう?
僕が平気な顔をしているのは、
自分の心を守るため。
ごめん、母さん。
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これが、
僕なりの精いっぱい。
誰に褒められることもなく、
僕は介護の日々を過ごす。
「もう、介護を続けるのは無理かもしれない」
どんなに周りに支援者がいても
そう思ったことのある介護者は、
少なくないのではないでしょうか。
介護保険においては
特に、介護を受ける人に同居家族がいる場合、
原則、掃除や買い物などの
生活援助サービスは利用できません。
家族の生活を支えるために外でも働くため
家中の様子が自らの失態かと思えるほどに荒れた時、
介護する人は心の行き場を
失いがちです。
失態ではなく、
必死に取り組んだ結果であるのに。
だから、時には、介護する人は
どこまでも手を抜くべきと、私は思っています。
なぜなら、ご自身の心こそ
介護の基盤だからです。
ほどほどに。
誰になんと言われようと、ほどほどに。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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