老人1人のキングダム 家来の歩行器とともに記憶の回廊をお散歩する
アルツハイマー型認知症のタカオさん。スケッチされたその不思議な世界観を、間学(あいだ・がく)さんがコレクションしています。日本のみならず、海外の人の注目も集めている作品の数々。タカオさんのガイドつきで紹介します。ようこそ、タカオ美術館へ。
- 作品名:Kingdom
- 昔々、ひとりの老人が王国をつくったんじゃ。誰にも邪魔されない、いつでも好き勝手に振る舞える自分の王国じゃ。老人はさほどぜいたくではなかったから、朝食はベーコン2枚に目玉焼き、白米にみそ汁、漬物の一つ二つで満足していた。昼はスーパーの牛丼か、カツ丼。夕食は肉と刺し身と旬の副菜で一杯やるのが至上の喜びじゃった。ある日、老人が自分の領土内にある「記憶の回廊」と名付けたトイレに続く廊下を、家来である歩行器をお供に散歩をしていると、どこからともなく声がする。聞き覚えのあるその声のする城壁に目をやると、そこには少し若い頃の自分が絵画のような写真の中に立っていて、老人にこう語りかけてきたんじゃ。「あんたが望んだ王国の住み心地はどうだい」ってね。何とも怖い話じゃないか。老人は自分が望んだ王国がそもそもどんな感じだったかすっかり忘れていたからね。もっともっと人々が行き交い、活気があって、にぎやかなものだったような気もするし、外交面でも自分自身が先頭に立って多忙な日々を送っているはずだったような気がしたからね。
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