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スイーツとともに 1万人の対話が開く介護の未来 高瀬比左子さん

パソコンに向かう。いまはすべてイベントがオンライン化された。「これまでリアルイベントには来られなかった人も参加できるのは、オンラインの良さですね」

介護職たちが、月1回スイーツとお茶を楽しみながら、介護現場の課題や未来について語り合う――。そんな「kaigoカフェ」が始まって9年になります。主催するのは、NPO法人「未来をつくるkaigoカフェ」代表の高瀬比左子さん(46)。いまでは介護職だけでなく、医療職や一般企業の人たちも参加します。立場や役職を超えて様々な人たちと対話することで、新たなアクションのきっかけにもなっています。

4月中旬、カフェのスピンオフ企画「対話のワークショップ 尊厳を守るとは?」に、約30人がオンライン上に集いました。高瀬さんが「リラックスして対話を楽しんでくださいね」と声をかけると、5~6人ずつ「ブレイクアウトルーム(オンライン上の小部屋)」に分かれ、議論が始まりました。

「高齢者本人の意向や自己選択ができないことで尊厳が守られていないのでは?」「本人やご家族が意見を言えない環境になっているのではないか?」など、現場の介護施設職員やケアマネジャーたちから多くの意見が出ました。その後、「どうしたら尊厳を守れるか?」ということを話し合いました。高瀬さんは、それぞれのグループを回り、コメントをしていきました。

カフェのテーマは、こうした哲学的なものだけではなく、様々です。最近のテーマを見ても、「自分らしい働き方をみつけるには?」「これから求められるごちゃまぜと地方創生とは?」「人生100年時代を豊かにするkaigo」「介護医療現場に必要なチームマネジメントとは」「介護×演劇ワークショップ」「新型コロナ時代の新しい医療と介護のかたちを考える」……。とても幅広いものになっています。

きっかけは介護現場で感じた「違和感」

どうしてカフェを始めたのでしょうか? きっかけは高瀬さん自身が、介護現場で感じた「違和感」でした。企業の役員秘書だった高瀬さんは、「人と直接関わる仕事がしたい」と介護業界に転職。訪問介護事業所のヘルパーを5年務め、その魅力にとりつかれました。しかし有料老人ホームのケアマネジャーになると、世界が違って見えました。コミュニケーションがうまくとれず、人間関係がぎくしゃくしていました。スタッフたちの表情も暗く、離職者も多くいました。

そうした違和感を、2011年からFacebookに投稿し始めました。共感のコメントを寄せてくれる人が増えていきました。「リアルで介護の課題や未来について語る場がほしい」という思いが強まり、12年7月、東京都練馬区の喫茶店で、30人ほどで初めてのkaigoカフェを開きました。

みんな自分の思いを話せる場を求めていました。30人の定員はすぐ埋まってしまったのです。高瀬さんは知人の会社の会議室を借りるなどして、100~200人規模で、カフェを開くようになりました。カフェだと利害関係がないので、自分の施設では話せない本音を話せるのだといいます。愚痴を言い合うだけではない。「では、どうしたらいいか?」ということもじっくり話し合います。

「介護現場では、利用者さんのほか同僚の介護職や上司、医療職などとのコミュニケーションが大切になる。介護職は、どちらかというと意見を言うのが苦手な人が多い。しっかり自分の考えを、相手に伝わるように伝える訓練もできる。介護職の対話力を磨く訓練にもなるんです」と高瀬さんはカフェの意義を強調します。

カフェで刺激を受け、現場へ戻り地道に改善を目指す人から、刺激を受けて起業する人たちまで、います。何人かでコラボしてイベントや事業を始める、といったこともあるといいます。「行動を起こしている人が身近にいると、一歩踏み出すきっかけになるんですね。外の世界の人と話して、今後の自分のビジョンを描くヒントにしたい、という人が多い」と高瀬さん。

全国15都市で、対話の場づくりを担うファシリテーターの養成講座も開きました。5年間で千人以上のファシリテーターを養成しました。受講生らは、全国約50カ所で、様々な形の「カフェ」を開いています。

9年間で1万人を超す人たちとの対話の場

高瀬さんは「kaigoカフェ」で、参加者同士が対話できるさまざまな場を提供している(写真提供/kaigoカフェ)
高瀬さんは「kaigoカフェ」で、参加者同士が対話できるさまざまな場を提供してきた(写真提供/kaigoカフェ)

これまで、この9年で「kaigoカフェ」や「ファシリテーター講座」などのイベントを約300回開きました。準備は数十人いる仲間が手伝ってくれます。1万人を超す人たち対話と学びの場を提供してきたことになります。「始めたときは、まさかこんなに続くとは思いませんでした」と高瀬さんは言います。

決して平坦な道のりではありませんでした。行き詰まってテーマが出てこなかったこともあります。人数が多くなりすぎ、「これでカフェといえるのか」と疑問をもったことも。昨年春、コロナ禍が襲い、オンライン会議に切り替えました。試行錯誤をしながらの9年間でした。

今後は、どんな「景色」を目指していくのでしょうか? 「あまりハードルを上げ過ぎて『難しそう』となると、専門家の集団になってしまいます。かたいテーマのものだけではなく、昨年末にやった「ご当地介護自慢」のような、ゆるい感じのイベントもしていきたいですね」

「どんな人も拒絶しない」「出しゃばらない」「ソフトな見かけによらず、芯は強い」――。周囲の評です。高瀬さんをよく知る在宅医の佐々木淳さんは「(周りの化学反応を促す)触媒のような人」とたとえます。超高齢化が進むこれから、高瀬さんの「触媒」としての役割は、ますます重要になりそうです。

未来をつくるkaigoカフェ代表の高瀬比左子さん。介護に関わる幅広い立場の人々による対話の場をつくり続けている。
自宅そばの散歩コースで。「このあたりは緑が多くて癒やされます」。イベントなどの構想に行き詰まったときも、この近辺を歩くという
高瀬比左子
1975年、東京都練馬区生まれ。大学卒業後、一般企業に就職し役員秘書となるが、「自分に合わない」と感じ退職。高齢者介護に取り組むNPOを支援する財団法人に転職。その後、介護の現場へ。
2012年7月、練馬区の喫茶店で、第1回となる「未来をつくるkaigoカフェ」を開催。その後、規模を拡大し開催。息抜きは、カフェ巡りやスイーツ作り、音楽・海外ドラマ観賞。
佐藤陽
1967年生まれ。91年朝日新聞社入社。大分支局、生活部、横浜総局などを経て、文化くらし報道部(be編集部)記者。医療・介護問題に関心があり、超高齢化の現場を歩き続けてまとめた著書『日本で老いて死ぬということ』(朝日新聞出版)がある。近著は、様々な看取りのケースを取り上げた『看取りのプロに学ぶ 幸せな逝き方』(朝日新聞出版)。妻と娘2人、オス猫2匹と暮らす。趣味は、愛猫と戯れることと、韓国ドラマを見て号泣すること。最近プロのラッパーに弟子入りし、ラップを始めた。

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