「会えない」の先へ心を導く、少年と祖母の糸電話 室井滋さんの新作絵本
取材/古谷ゆう子 撮影/伊ケ崎忍
室井滋さんは、俳優だけではなく、『しげちゃん』シリーズなどの絵本やエッセーなどの著者としても活躍しています。新作絵本『会いたくて会いたくて』では、介護施設にいるおばあちゃんと思うように会えない「ケイちゃん」の気持ちを描きました。コロナ禍を投影するようなストーリーは、室井さんのどのような視点から生まれたのでしょうか。
──私たちのいまの気持ちに、そっと寄り添ってくれるような絵本でした。具体的には、いつごろから書き始められたのでしょうか?
書き始めたのは、昨年の外出自粛期間中ですね。会いたい、でも会えない、という気持ちは自粛期間中から誰もが悲しいくらいに抱いていて、そうした状況はいまも、そしてこれからも続いていくのだと思います。でも、「会えないこと」をテーマとして描くというよりは、会えないことでどうなっていくのか、“その先にある気持ち”を掘り下げたい、という思いがありました。
私はいまもスマホではなくガラケーを使っているような古いタイプの人間なのですが、そんな私からすると、世の中がコロナ禍で一新されているように感じていて。どこか恐れを抱いているところもあるんです。リモートで仕事ができるようになり助かっている方が多いのは理解しているのですが、便利になったことによっていつの間にか失っているものもある。
自分が「居心地がいい」と思っていた世界からどんどん外れていくんだな、と一抹の寂しさみたいなものも感じていました。
絵本のなかで、おばあちゃんが語っていることは、私自身が思っていることですし、孫のケイちゃんが語っている「会いたいのに会えない」という気持ちもまた、私自身が抱いているもの。どちらにも、私自身の素直な気持ちを投影しています。
──作品のなかでは、おばあちゃんと孫のケイちゃんを結ぶアイテムとして「糸電話」が印象的に使われています。
私は年齢の離れたパートナーと暮らしているのですが、彼に持病があることや私自身が外からウイルスを持ち込んでしまったら嫌だな、という気持ちから、家ではあまり一緒に食事をしていなかったんですね。家のなかでも、基本的にはフロアを分けて過ごしているのですが、同じフロアにいる時には「糸電話があったりしたらいいね」なんて話していて。実際にトイレットペーパーの芯や紙コップで作ってみたんです。その話をエッセーで書いてたら、編集担当の方から「糸電話なんて使っているんですか!?」と驚かれて。ロマンチックなものではなくて、面白がってやっていただけなのですが(笑)、編集者の驚きがむしろ新鮮で。
じつは、私の郷里である富山市には富岩(ふがん)運河という景色が綺麗な場所があり、その運河にかかっている橋の展望塔には両岸をつなぐ光の赤い糸電話があって、“恋人たちの聖地”と呼ばれているんですね。「離れているけれど、一本の糸でつながる」という発想がとてもいいなと思い、そこからイメージを膨らませていった部分もあります。
──物語には、室井さんご自身とおばあさまの関係も投影されていますか?
私の場合は、エッセーにしても、絵本にしても、実体験のなかで目に入ってきたもの、心の隙間に入ってきたようなものが題材になっているような気がします。
両親が幼い頃に離婚していて、一人っ子だったということもあり、私はおばあちゃん子で本当にいろいろなことを教えてもらいました。年をとってはいたけれど、賢いおばあちゃんでね。でも、私が中学生の終わりごろから認知症が進むようになって。オムレツを作ってくれるのですが、オムレツの具材が輪ゴムなんてこともありました。食べたことを忘れて何度も食事をしてしまうので、おばあちゃんの指に赤い糸を巻いて、食事をしたかどうかが一目でわかるようにもして。
私が大学の頃には介護施設にお世話になっていたので、帰省のタイミングでおばあちゃんに会いに行っていました。電車賃もかかるから、夜行列車の一番安い席に乗って。調子がいい時は部屋の窓際に立っていてくれて、私も去り難くて、お見舞いが終わってからも廊下から様子を見ていたり。そんなこともありましたね。
──絵本のなかには、「会えない分、思いは強くなるよ」「何十回会うより、たった一回会った時のことをずっとおぼえている」など、印象的な言葉が多くあります。
簡単にできた関係って、やっぱり壊れていくのも早いと思うんです。でも、ある程度時間を経た間柄って長持ちする。モノだって、機能的には優れていなかったり、見かけが悪かったりしても、時間をかけ大切にしてきたものって、手放しにくいですよね。それと同じで、たとえたまに電話するだけの関係でも、一定の時間を共有した人って忘れないですよね。
──いま、家族が介護施設で暮らしていてなかなか会えない方も多いと思います。でも、この絵本を読むと「会いたい」という気持ち自体がすごく愛しいんだ、ということに気づかされます。
私の知人にも、ご家族ががんを患っていた方がいたのですが、リモートで仕事ができるようになったことで、最期をみとることができた、と言っておられました。コロナ禍でなければ、きっとできなかったと。そんな話を聞くと、なんだか不思議だなと思うこともあります。
糸電話でも、窓越しでも、手紙でも、触れ合おうと思ったら方法はあると思うんですよ。いまは、ガラス越しに声が伝わるようにするなど、病院側も工夫されていますよね。認知症の進み具合によるかもしれませんが、その方が大切にしていたものを消毒して届けてあげるなど、できることはありますし、それだけでもずいぶん違うと思うんです。
どのような方法が一番喜ばれるかは、他人ではわからない。やっぱり家族だから、そばにいて一緒にいたからこそ、わかることもたくさんあると思う。決して大げさではなく、ささやかなことでいいので、自分とその方にしかわからないようなことを見つけられたらいいんじゃないかな、と思います。
- 室井滋(むろい・しげる)
- 富山県生まれ。女優。早稲田大学在学中に1981年映画「風の歌を聴け」でデビュー。「居酒屋ゆうれい」「のど自慢」などで多くの映画賞を受賞。2012年喜劇人大賞特別賞、2015年松尾芸能賞テレビ部門優秀賞を受賞。2021年映画「大コメ騒動」が公開中。絵本『しげちゃん』シリーズ第3弾の最新刊絵本『しげちゃんのはつこい』(金の星社)が2021年3月下旬に発売。近刊エッセー『ヤットコスットコ女旅』(小学館)、『おばさんの金棒』(毎日新聞出版)他電子書籍化含め著書多数。全国各地でしげちゃん一座絵本ライブを開催中。
- 『会いたくて会いたくて』作/室井滋 絵/長谷川義史(小学館)
- 「行っちゃダメ!」おかあさんに止められた
ぼくは、おばあちゃんにこっそり会いに……
いま、いちばん大切に想う人と読んでほしい、心あたたまる「幸せのしるし」の贈り物!
定価1320円(税込)、2021年1月29日発売