ティラノ部長がSNSを飛び出てなかまぁるに登場「認知症の父を避け…」
バブル世代の55歳。令和のいま、時代の空気や部下とのコミュニケーションに戸惑う管理職を描くSNS連載マンガ「ティラノ部長」が話題です。主人公たちが恐竜の姿で登場する一風変わった世界ですが、読み進めると、いまの若者から見れば不器用で武骨に見える「おじさん世代」の振る舞いは、恐竜のゴツゴツとした容姿に不思議となじむように感じます。今回はマンガの主人公ティラノ部長と、作画担当の、したら領さんにインタビューを敢行。原作者鈴木おさむさんからもコメントをいただきました。
今日はなんと、ティラノ部長ご本人が登場です。ティラノ部長こんにちは!ぜひ、なかまぁる読者のみなさんに、ごあいさつと簡単な自己紹介をお願いしていいですか?
こんにちは白亜物産で部長を務めているティラノと申します。肉食です。
妻とは離婚して子どもはいません。55歳のおとめ座で、朝の占い番組に左右されるタイプです。
高校時代はバンドを、大学時代はアメフト部をやっていて、およそ30年前は仕事に燃える有力社員でしたが、最近は若手社員とのコミュニケーションに悩む中年サウルスになりました。
その悩みや日々のことを、習いたてのSNSでつぶやいてみたら、とても反響があってびっくりしています。
私たちも愛読しています。2月に、部長のお父さんが登場するエピソードがありました。
読んでくださってありがとうございます。はい、父は10年前から認知症があります 。今は介護施設にいて、僕が離婚どころか結婚したことすら忘れています。
最近も、会いに行かれましたか?
まあ、そうですね……。なかなか、仕事やプライベートが忙しいこともあって、もともと盆と暮れぐらいしか会いに行けてなかったのですが、新型コロナウイルスのこともあって、ますます……。
SNSで、子どもの頃に行った奈良旅行を振り返っていましたね……鹿のフンを踏んでべそをかく部長に、「避けるな、踏んでいけ」とお父さんがおっしゃって。
父は仕事に厳しい人で、保険会社に勤めて働き詰め。一緒に遊んだ記憶も少ないんです。その中でも一回だけ奈良旅行に行ったことがあって、それがとても印象に残っています。
奈良公園で鹿のフンを踏んでしまい慌てる僕に、父は「避けようとするからダメなんだ。踏んでいけ!」と言いました。
それは物事から逃げずにしっかりと向き合え!という父からのメッセージにもとれました。一方で今、僕は昔とは変わってしまった認知症の父に向き合いたくなくて、たまにしか会いに行かない。
毎回、同じ昔話に相槌を打ったあと、介護施設を出るときに、罪悪感とともに「父を避けて生きてるんじゃないか?」という問いが頭をもたげます。
切ないけど、読む人は何となく、自分の父親の背中を重ねたのではないでしょうか。ものすごく反響があったそうですね?
はい、最近部下の若い女性にツイッターやインスタグラムを教えてもらいつつ、ボチボチ心情を吐き出しているのですが、ツイッターでもとても反響があって……。
自身も介護をしていて「わかる」という声や、「ティラノはちゃんと避けずに向き合ってるよ!」という応援の声など、多くの共感をいただきました。
いまや、すっかりティラノ部長は人気者です。
いやいや、僕は10歳年下で同じ役職の部長と比べられたり、焼肉屋で一人焼肉しているときに部下たちの飲み会に鉢合わせしても、声をかけられなかったり……。パッとしないただの中年サウルスです。
でも、自分から見た、一見なんでもない日常が、多くの人に届いて、会ったことも顔も見たこともない人から反応をもらえるというのが、面白い時代だな……と思ってます。
ティラノ部長、今日はありがとうございました。ぜひ、なかまぁるを読むみなさんにメッセージをいただけますか。
こちらこそ今日はありがとうございました。“なかまぁる”さんは認知症に特化したウェブメディアということで、認知症と日々向き合っているみなさんがこんなに沢山いるんだと勇気づけられました。話しているうちに、久しぶりに父に会いたくなりました。
僕も、父との関係以外にも仕事や部下のことなど、悩むことは日々いっぱいありますが、最近は恋をしたり、こうして自分のことをお話することで世界が広がっていく喜びを知りました。是非これからもティラノ部長を見守っていただけると嬉しいです。
■したら領さんインタビュー
ティラノ部長は優しすぎる……
なかまぁる編集部(以下、編集部) 作画を担当する、したら領さんは32歳。ティラノ部長が醸し出す哀愁をどう見ていますか?
したら領(以下、したら) 正直、ぼくにはバブル世代のおじさんの気持ちはわからないですが、人に理解されない時の気持ちは分かります。ティラノ部長の行動が裏目に出る感じとか。たとえば部下に配慮したつもりで言葉をかけたのに、パワハラを疑われちゃったりする。ティラノ部長って、優しい人だなと思います。優しすぎるから、うまく立ち回れない感じがある。もう少し理解者がいたらいいのに……。
編集部 ティラノ部長のキャラクターはどのように出来上がったのですか。
したら ぼくは、ティラノ部長とおさむさんは同一人物だと思ってます。だからキャラクターをつくるときも、おさむさんからいただいた参考資料に、おさむさんの雰囲気を合わせて、丸い感じのフォルムののティラノ部長が出来上がりました。
編集部 認知症のお父さんが登場するエピソード(第20話)を描くときに印象に残ったことはありますか。
したら すごくいいですよね。自分としても好きな回で、お父さんも自然と描けました。なぜか自分の父を思い出しましたね、ティラノ部長とぼくの父には、かぶる要素はないんですけど……。3~4年くらい前かな、急に父がおじいちゃんに見えた瞬間があったんです。老けたなって。白髪が増えていることにも気づいて。なんで、こんな服着てるんだろう、ちゃんちゃんこみたいだなって。そのときの服を、ティラノ部長のお父さんに着せました。老けたなって思っても、さみしくはなくて、人間なんだなと思いました。父とか先生とか、ちょっと心の中で神聖化することがありがちじゃないですか。でも、あ~、ふつうに人間なんだって感じました。
編集部 したらさんにとって認知症はどのようなイメージですか。
したら 十年前ぐらいにおじいちゃん、おばあちゃんが認知症で、介護施設で暮らしていました。人の目とか、未来とか過去とかも気にしないで生きている感じで、人間がだんだん神様になっていくみたいだなって。父もそんなことを話していましたね。
編集部 長い目で見て、ご自身の人生をどのように思い描いていますか。
したら 早くおじいちゃんになりたい。年を重ねることにポジティブなイメージしかないんです。白いひげをたくわえて、小さな小屋でマンガを描いていたい。技術だけが溜まって、力が抜けている状態に、早くなりたいな。
■鈴木おさむさんコメント
ティラノを通して「共感」を
僕は49歳ですが、同じ年でちょっと先輩の、ある会社の社員の方が年を経て段々切ない立場になって来たのを見て、こういう物語が作りたいなと思ったのと、子どもが恐竜好きで、一緒に恐竜ショーに行ったら、ティラノサウルスが出てきた時にブーイングしたんですよ。それを見て、僕はなんだか、ティラノに感情移入してしまった……というところがこの企画の入り口です。
主人公が恐竜というファンタジーな設定だからこそ、エピソードには現実の問題を入れようと。そこで、まずは男性不妊の話を入れました。ファンタジーだからこそ効いてくるかな、そして共感してもらえるかなと。 そして認知症。50代になると親の介護が大きな問題になってくるので、ティラノを通して描くことにより、「共感」してほしかったという思いです。
やはり、ティラノ部長の父親が登場した回はとてもリアクションが多かったです。したらくんの絵で作品を改めて見て、本当に完成したと思いました。僕は2年前に父を癌で亡くしたのですが、やはり父のことを思い出しました。
(2021年冬のドラマ3作で認知症が重要なテーマとして描かれるなど、認知症に向き合うエンターテイメント作品が増えていることについて)そういう問題に向き合う作り手が増えたのかなと思います。 認知症も人それぞれだし、まわりの人に言いにくいというのがあるので、それをもうちょっとオープンに出来る環境が出来るといいなと思います。
- したら領
- マンガ家。1988年生まれ、愛知県出身。2020年、Twitterで自主連載を始めた『眠れないオオカミ』がSNS上で話題になり、グッズ化や展示会を開催。2021年4月には『眠れないオオカミ』(上中下)をKADOKAWAより発売。現在は『ティラノ部長』(原作:鈴木おさむ氏)をSNS中心に連載中。Twitter @shitara_ryo
- 鈴木おさむ
- 放送作家。1972年生まれ。多数の人気番組の企画・構成・演出を手がけるほか、エッセイ・小説や漫画原作、映画・ドラマの脚本の執筆、映画監督、ドラマ演出、ラジオパーソナリティ、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。