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編集長インタビュー

認知症父の介護をふり返る 「必要なのは愛情より技術と知識」 岸本葉子さん 前編

岸本葉子さんと冨岡編集長

介護は「知識」と「技術」が大事。そう話すのは、『週末介護』(晶文社)著者でエッセイストの岸本葉子さんです。2014年に90歳で父親が逝去するまでの5年間、介護と仕事の両立ができた背景には、兄と姉との協力、そして認知症に対する科学的な理解があったと岸本さんは振り返ります。介護を通しての学び、そして認知症の父親への向き合い方について、なかまぁるの冨岡史穂編集長が聞きました。

認知症とは生活感情が豊かになるもの

冨岡史穂(以下、冨岡) お父さまとの日々の中での出来事、そしてその時々の感情の高まりを、ご著書では冷静な視点で振り返られていたのが印象的でした。お父さまが認知症になられて感じたこと、そして学びについて教えていただけますか。

岸本葉子(以下、岸本) 認知症とは、とても生活感情が豊かになるものだと思いました。それまでは、認知も感情も全体的に衰えていくものと思っていたのですが、反対でした。父が感じやすくなることを理解して接すると、そこから開けていくものがあるかもと考えるようになりました。

冨岡 お父さまの視界に入り、手を取っただけでとても喜ばれたというエピソードがありましたね。まさにその「生活感情が豊かになること」の一つなのではと思いました。

岸本 父は晩年、周囲に気遣いができる優しい人でしたが、以前はそうではありませんでした。どちらかというと厳しいタイプで、赤の他人に対しても注意をする人間でした。
80代で認知症になった父の介護をする中で、父の性質を再発見することになります。ケアマネジャーさんと父の関係や、入院時の看護師さんからの評価、同じ病室の他の患者さんとのやり取りを見聞きすることで、厳しい性質が抜け落ちていったこと知りました。多面的に父を見る機会を得て、「父親像」が再構築されていく感じがしました。

エッセイストの岸本葉子さん

科学的根拠が書かれた本を読んだ

冨岡 認知症についての本をたくさん読まれたのですか。リサーチはどのように?

岸本 実は、冊数はそれほど読んでいないんです。体験記も正直あまり読まなかったですね。科学的根拠が不確かかもしれないのと、その人にとっては大事な出来事でも、自分の介護に当てはめたときに同じとは限らないと思ったからです。私が求めていたのは医学的根拠に基づいて書かれている本でした。本を読むことで、「高齢者の体に何が起きているか」と「認知症当事者の内面に何が起きているか」の2点が理解でき、その結果、介護をする気持ちが楽になりました。

例えば、寝る前の父は、私が「トイレに行っておこう」と何度も言っても聞かないのに、寝てしばらくすると行きたがる。その度に私も起きて付き添いをしなければなりません。「だから言ったのに……」と、私の助言を受け入れてくれないいら立ちと、父がトイレに行きたくなるのはしょうがないという気持ちの間で、葛藤が生まれるんですね。

それが、ある本を読んだことで、高齢者が横になった後にトイレに行きたくなるのは生理現象だったと理解しました。そうなると同じことがまた起きても、「あれね」と思えるんですね。「なんで私の親は……」ではなく、「高齢者はそういうもの」と納得することで、苦しみは取れていくような気がします。

そして、私が最初にお伝えした「認知症の人は感情が豊かになること」の理由がはっきりわかったのも本を通してです。認知症の人の内面には、「不安と孤独」の感情が強くあることを知りました。生きていれば人は誰でも不安と孤独を抱きます。認知症の本人とケアする人は「共通点をもった者同士」と考えるようになったことは、父の介護をする上での大きな転換点になりましたね。

親は不可逆的な「老い」に立ち向かっている

冨岡 岸本さんは40代でがんが見つかり、闘病されました。その間に感じられた不安と孤独の経験とは、通じるところはありましたか。

岸本 はい、当時はできていたことができなくなるにつれ、「今後、周囲から距離を置かれて社会生活を送るのが難しくなるでは」と先行きへの不安や孤独を感じていましたね。その「不安と孤独」というテーマに、父親は今ひとりで向き合っているんだなと思うようになりました。がんは治る可能性がありますが、老いは不可逆的なプロセスですよね。父は今、人生における「大きな仕事」をしている人なんだと思うと、大げさかもしれないですが、尊敬の念まで湧いてきました。それは親への愛などファミリーに帰属するものではなく、人間的に、広い意味での尊敬と共感になりました。

冨岡 「親の老い」は、自分の老いを痛感するきっかけでもあり、できるだけ目を背けておきたいと思うことでもあります。それを一つ上の視点、親子の愛ではなくて、人間としての視点を持つのは難しいことにも思えます。

岸本 やはり、排泄(はいせつ)のケアも最初は戸惑いがありました。父の陰部をタオルで拭く時、「私、こんなところ触っていいのかしら……」と感じていました。でも汚れっぱなしにはさせられないから、思い切って乗り越えていくんですけど、先ほど言った「大きな仕事」というのは、親がこれほど恥ずかしい部分を全部見せて、老いや認知の衰え、あるいは死に向かっていく大仕事を子どもに見せてくれている。それだったら、子どもそれなりの覚悟をもって応えていかないといけないのではと、腹が据わる感じがしました。

なかまぁるの冨岡史穂編集長

きょうだい間でのプライバシーを大切にした

冨岡 お兄さんとお姉さんとの3人の間で不満が生じていたことは、本でも書かれていますが、それでも決定的な決裂に至らなかった理由は何だったのでしょうか。

岸本 大きな前提として、「私が提供できないことをこの人たちは提供してくれている」という考えはありました。それは3人ともそうだと思います。私が時間を取れない平日の時間に、兄と姉が父の介護を担当してくれました。また、私は自分の自宅の近くに家を購入し、父の住環境を提供しました。でも、その家に人が来てくれないと意味をなしません。そこで、兄と姉が通ってくれることになりました。そのおかげで私はキャリアを途切らせることなく仕事を続けられている。そのことへの感謝はいつも頭にありました。

あと、お互い相手のことを詮索(せんさく)しませんでしたね。例えば、私は週末に父の介護をする当番だったのですが、出張が入ってしまった時、「◯◯日は行けない」と言うと、「どこに行くの?」「何をするの?」と聞かれたことがなくて。私も、兄と姉が来られないと言えば、それはもうそういうことだと思って承知しました。

介護に来ていない時、相手が何をしているかを聞かないことは、3人の中で自然と成り立っていました。介護以外でも双方のプライバシーに踏み込まないことが、決裂を生まなかった理由なのではと思います。

「週末介護」著者の岸本葉子さん

冨岡 お父さまを介護し、そしてみとられてから今年で8年でしょうか。改めて、親の介護についてなかまぁるの読者に伝えたいことはありますか。

岸本 介護をする上での後悔は本当にたくさんあります。あの時もっと早く病院へ連れていけばよかった、あの時なぜぞんざいな言い方をしたのかなど、大小のトゲが心の中に残っています。

私と兄と姉は「介護同窓会」を開いていて、それぞれのエピソードを話し、「よくやってくれていたよ」と共感し合っています。きょうだいで語り合う習慣がない人の場合、「書く」ことも良いと思います。後悔している小さい出来事を振り返り、自分はあの時の状況下であれだけのことをしたのだから、許してやってもいいんじゃないかなと「引きの視点」で捉えて、自分に対して寛容になってもいいのではと思います。

私たちは最初、手探りの状態で父の介護を始めました。振り返って、早い段階で高齢者や認知症についての知識があったら、もっと楽に、そして本人も快適に過ごせたのではと感じています。

例えば入浴。浴槽から父親を立ち上がらせる時に、両腕で胴をかかえて支えているつもりが、ツルッと滑りそうになり、ヒヤッとする場面を経験しました。後に介護保険を申請し、訪問看護師さんがひとりで上手に父をお風呂に入れていました。本人も気持ち良さそうなのを見たとき、介護には技術も必要だと痛感しました。

私がこれまで取材を受けてきたなかで、思春期の親子の衝突について聞かれることが多くありましたが、親子関係の良しあしなどの個別の事情を超えて、「ある程度の介護の質」を受けられることが必要だと思っています。

そのために必要なのは、愛情よりも「技術」と「知識」です。介護においては、その人らしさを大切にしたケアと、全国どこでも医療サービスの格差なく高度な医療を受けられること、その両輪で進めていくことが大事だと考えています。

(後編に続く)

「週末介護」
岸本葉子(きしもと・ようこ)
エッセイスト。1961年神奈川県生まれ。大学卒業後、会社勤務、中国留学を経て、執筆活動に入る。食や暮らしのスタイルの提案を含む生活エッセーや、旅を題材にしたエッセーを多く発表。著書は「週末介護」(晶文社)、「ひとり老後、賢く楽しむ」(文響社)「ひとりを楽しむ、がんばらない家事」(海竜社)、「50代ではじめる快適老後術」(だいわ文庫)、「ふつうでない時をふつうに生きる」(中央公論新社)など。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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