「親を施設に」私は悪いことをした?なんと言われても二人で決めた生き方
《介護士でマンガ家の、高橋恵子さんの絵とことば。じんわり、あなたの心を温めます。》
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私は母に
悪いことをした、
娘なのだろうか。
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今朝はご飯を残さなかったか。
施設の人とうまくやれてるか。
ひとりで困っていないか。
離れても、母は
私の胸から離れない。

離れていても、
つながっている。
誰になにを言われようと
これは、
私と母が決めた、暮らし方。
人ひとりの最後の暮らし方を、
自宅にするか、
高齢者施設にするか。
それは、どちらも一長一短あり、
つまるところ
個人の選択にすぎません。
ただ、昔から日本には
「家族の世話は、
家族がしなければならない」
という風潮が、いまだにあります。
そんな視線をうけて、
「親を施設に入れてしまった」と
ご家族が自責の念にかられてしまうのは、とても悲しいことです。
在宅で家族と暮らす方には
在宅介護者にしかわからない
ご苦労が、
家族と分かれて暮らす方には、
その方にしかわからない
ご苦労があります。
御本人と介護者が出した選択を、
それぞれが見守れるような、
成熟した世の中でありますように。
《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
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