金盗った、盗らないの言い争いの解決に。ポワーン!見せ金ファイル~?!
文/古谷ゆう子 フキダシ・イラスト/深川直美
認知症の祖父をとりまく一家の物語。置物が割れて飛び出してきたのは、大黒天ならぬ安黒天。認知症の症状に応じる便利なグッズを発明するアイデアマンだった! 認知症の症状の“あるある”もの取られ妄想。「お金を盗った」と言われたら、さぁどうする?
- 安黒天(やすこくてん)
- 認知症の人の生活を支援するグッズ発明の神様。一見して大黒天のような風貌だが、違う。メガネをかけているのが最大の特徴。ちょっとナイーブ。
じーーっ
……?
じぃーーーーーーっ
なんだよ オヤジ、さっきからジロジロ見て
タダシ……タダシよ。父さんはな、怒ってるんじゃないんだ
へっ?
父さんはな、お前が正しい人の道を外れぬよう願って「タダシ」と名付けた。母さんはそんなのフツーすぎてつまらんと言ったがな……
はあ。それ、今聞かないといけない話?
お前……(ゴホン)。オレの金、盗ったろ
はあ? 盗ってないけど
正直に言わないと父さんは怒るぞっ!
なんなんだよ。さっき「怒ってない」って言ったばかりだぞ。自分でどっかに置いて、またわからなくなったんだろ?
いや、オレは知ってるぞ。お前が額に「肉」って書いてあるあの超人漫画の消しゴム欲しさに、オレの財布から金抜いてるのを!
そ、それって40年も前の話だろ!
消しゴム欲しさに盗っただろうっ!
いや、それは、ちょっとだけ盗ったけど……
やっぱりお前が盗ったんだな!
いや、だから今は盗ってないって!
たった今盗ったって言っただろう!
だからぁーそれはぁー!
ああ嘆かわしい、嘆かわしい!親の金を盗むなんて! 今日からお前は「タダシ」じゃなくて「ナゲカワシ」に改名だ!
盗んでないっ!
盗んだっ! オレの財布が見当たらないのがなによりの証拠だ! だいたいお前はお金の大事さをわかっとらんのだ! 消しゴム1つ分のお金を稼ぐことがどんなに大変なことなのか! モノのない時代に生まれ10代から家族を養ってきたオレの苦労も知らずにお前ときたらオレの金を消しゴムに! 消しゴムにい〜〜!!
だから消しゴムは……もおおおー! 誰か、誰か助けてー!!
ぼわーん(煙を想像してください)by 編集部
ほっほっほ。お呼びかな?
ああっ! おまえは昭和48年の旧正月に婆さんが露天で半額で買った大黒像!
うわわっ! なんでこの大黒しゃべってるんだ?
私は安黒天。認知症の人を支える知恵の神じゃよ
なんなんだ。また、ゆうじのヤツがドッキリ動画とか撮ってるんじゃないだろうな!
だとしたら、今度こそバズりそうなクオリティの動画じゃな。ほっほっほ。ところで、何かお困りのようじゃが?
あ、ああ……オヤジに泥棒だと思われて困ってるんだよ
いったいいくら盗ったんだ? あ?
この調子だよ。そのうえ、なんか最近お金への執着もすごいんだ、まるで金の亡者だ
何をいう! 金は大事だ!
ほっほっほ。確かにお金は生きていくのに必要なもの。とても大事じゃ
それはそうだけどさ。毎度毎度お金のことで喧嘩するのはみっともないし。なんかもうオレは悲しくなるよ……
うーむ。確かに言い争うのはツラいのお。よし! それならまず、じいさん側の事情から考えてみよう。自分の行動をたびたび忘れてしまうのは、現実の中で漂流してしまうようなもんじゃ。もしたったひとりで突然無人島に漂着したとしたら、どんな気持ちになるかな?
不安……で、心細いかもな
そしたらまず何をする?
うーん。どうやって脱出するか考えるかな
だがその方法があまりなさそうなときは?
そうだな。まず、食べ物とか生きていくために必要な何かを探すかな
そう! 不安を鎮めるため生きる糧を探すじゃろ?
なるほど。そう思えばまあ、金に執着するオヤジの行動も当然といえるか……
不安の中でお金が心のよりどころになっているんじゃ。まあ、じいさんの場合、若い頃の苦労体験なども関係してるかもしれんがな
そうかあ。じゃあ、いったいどうすればいいんだろう。オヤジに必要以上のお金を渡してやるほどの余裕はウチにはないし……
ほっほっほ。逆転の発想じゃよ。じいさんの不安をこっちから迎えにいって、正面からカウンターを浴びせてやるのじゃ
ええ? そんなことができるのか?
ああ! これぞまさにコロンブスの卵。発想の転換ならぬ発想のムーンサルト! 単純明快すぎて誰も気付かないきらめきのパラダイムシフトじゃ!
何を言ってるのかいまいちわからないけど?!
いいから、自分の目から鱗がごっそり落ちてしまう瞬間を見るがいい!いでよっ! ヤスデのテクノロジー! ヤスデノコヅチ〜〜!!
ぼわーん(いつも想像してもらってすみません)by 編集部
……なんだこりゃ?
……金だな
金じゃよ
なんかお札の入った、ただのクリアファイルに見えますけど?
ふっふっふっふ。これぞ「見せ金ファイル」!! 見あたらなくて不安になるなら、いっそ見える形で目につくところに貼っておくのじゃ!!
はあ〜、これお金だぞ? こんな……あの、えーと、観光地のペナントじゃないんだから!!
ふむ。お金を貼っちゃいけない理由がどこにある?
いや、えーと、だって、その……バチがあたるとか、防犯上まずいとか、その〜(ゴニョゴニョ)
ないな
ほっほっほ。ないじゃろ? どこにあるのか不安になって喧嘩するくらいなら、つまびらかに見せちゃうほうがよっぽどいい!
う……確かに
さあ、目立つところ。そうだな、見やすい冷蔵庫にでも貼るか
見ろっ! まるで無人島の夜空に輝く南十字星ではないか!!
安心安心!
あっはっはっは。なんだこれ? 変な冷蔵庫!
言語聴覚士 安田清さんの解説
【見せ金ファイル】
「通帳はどこだ?」「財布をどこに置いたのか忘れてしまった」。認知症当事者のなかには、日々こうした言葉を口にされている方が少なくありません。「見当たらないということは、泥棒に入られたに違いない」と思い込んでしまう方もいます。家族のために買い物をしたり、家計簿をつけるなどお金を管理してきた人にとっては、お金のありかがわからないということは、非常に不安要素になります。
見当たらなくて不安になるのなら、いっそのこと冷蔵庫やリビングの壁など目につく場所にお金が目に見える形で貼っておけばいい。透明なクリアファイルに非常用のお金を入れた「見せ金ファイル」は、そんな“逆転の発想”から生まれました。「ファイルからお金を取り出してすぐに遣ってしまうのではないか」と心配する声もありました。しかし、いくつかのご家庭で実際に試してみると、ほとんどの人は遣うことなく、元の場所に貼ったままにしておいてくれました。
どこにしまい込んだのかわからず疑心暗鬼になってしまうくらいなら、堂々と見せればいい。この考えは、現金に限らず応用することができます。例えば、「預金がどれくらいあるのかわからず不安だ」と口にしている認知症当事者に対しては、「現在の預金はこれくらいです」と通帳のコピーを拡大して貼っておいてもいいと思います。
「高血圧なので、薬を飲んでください」と担当医に言われても「自分は大丈夫だ」と言って積極的に飲もうとしない人には、担当医に診断書を書いてもらい拡大して目立つところに貼ってもいいでしょう。第三者の視点、公的な記録といったものは非常に説得力があるのです。 「お金のことを堂々と話すなんてはしたない」とためらう人もいるかもしれませんが、認知症当事者が困っていることなら、その原因を取り除く努力をしていったほうがいい。不安な気持ちに対して、具体的な解決策を提示していくことが大切だと思います。
どうじゃなわしのテクノロジーは
たしかに、言い争うよりはずっといいかもな
(ボソッ)あそこから盗って消しゴム買うなよ
盗らねーわ!! まあ、思い出して懐かしくなったから、自分の金で買っちゃうかもしれないけど
ほっほっほ。大人買いもほどほどにな。またなんかあったら呼んどくれ。ではな
実用化企業募集!
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