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高齢社会を支える人材はどこに 「介護」でなく「デザイン」いう入り口で学生との接点づくり

所沢悠生苑くすのき台でのミーティング風景

高齢者向けの事業に対し、少しでも学生に関心を持ってもらおうという試みが始まっています。株式会社プラスロボ(本社・東京都港区)が中心となり、株式会社メディカルライフケア(本社・神奈川県平塚市)が新規に開設する介護施設の建築について、東洋大学社会学部で学ぶ大学生からアドバイスをもらう取り組みです。社会学部で学ぶ学生のインサイトにも迫りました。

法人の柔軟性をPRする狙い

この冬、埼玉県所沢市の所沢駅近くにある介護施設「所沢悠生苑くすのき台」を訪ねると、同施設の談話スペースで、施設長の遠藤直人さん(34)と、東洋大学社会学部の学生、松吉武蔵さん(21)、齊藤真奈実さん(20)、岸本友紀さん(21)が向き合い、プラスロボの北村優香さんのファシリテーションでミーティングが行われていました。

MTGのテーマは、2023年春のオープンする介護施設の手すりの形状や階段の滑り止め、壁紙、玄関タイルなどの仕様を決めていくことです。遠藤さんはその責任者も兼ねています。学生と接点があるプラスロボの提案で、4回のミーティングが設けられました。

「『生活の場、家ともいえる場なので、施設っぽさ、病院っぽさのようなイメージを避けたほうがいい』というアドバイスをもらい、それに従って細かい仕様の提案をしてもらいました。法人でも基本的に学生のみなさんの意見を採り入れていこうということで建設が進んできました」(遠藤さん)

法人側も、オープン後は社会学部の学生の意見を採り入れた高齢者施設を前面に打ち出す予定です。利用者募集から職員募集まで、法人の柔軟性をPRする狙いがあります。

プラスロボが運営する有償ボランティアをマッチングする『スケッター』には、各世代に多くの登録者がいます。ただ、介護事業者からは「定期的に来てくれる人材を探している」という声も多くありました。こうした介護事業者にもどういうかたちで協力できるかを考えたとき、新たな接点づくりの提案ができないかということになりました。

「コロナ禍で学生が介護施設に触れる機会は今まで以上に少なくなりました。介護事業所も新卒採用が難しい状況を抱えています。社会学部系の大学に招かれて授業をする機会も多くあります。社会学部も児童や地域創生に目を向ける学生が多くなり、高齢者に着目する学生が少なくなってきているのが現状です。そういう状況を変えるため、『介護という入り口』ではなく、『高齢者施設のデザインという入り口』から介護事業者と学生の接点作りを始めたらいいのではないかと思い、提案しました」(北村さん)

介護に関わる実習やインターン、周辺業務のアルバイトという接点ではなく、一見、介護と関係ないと思われる高齢者施設のデザインです。学生のインサイトを知るからこそ、あえて「介護押し」ではなく、「デザイン押し」での接点づくりを提案したのです。

施設の完成イメージを見ながら、細かな仕様について意見交換する遠藤さん(左)と齊藤さん

学生には介護の仕事が念頭にないところからのスタート

このプロジェクトに参加した学生に、感想や将来の就職希望先などについて聞くと、次のような答えが返ってきました。

◇松吉武蔵さん

・社会学部 4年生
・社会福祉士の取得を経て生活相談員を目指す/プラスロボのワークショップをきっかけに介護施設を運営する企業に興味を持ち選考に応募、その後就職内定
「大学のゼミで高齢者サロンや子ども食堂に関わってきましたが、新しい高齢者施設を1からつくることに参加できていい経験になりました」(松吉さん)

◇齊藤真奈実さん

・社会学部 2年生
・社会調査士の取得を目指す/地方に拠点を置くベンチャー企業に関心
「学生だと介護施設に関わる機会があまりありません。社会問題の一つとして、在宅で過ごされている高齢者にふれたり、施設の内部を見られたりしてよかったです。それぞれの立場や視点を考えながら、どういう高齢者施設のデザインにしていけばいいのか、考える機会になりました」(齊藤さん)

◇岸本友紀さん

・社会学部 3年生
・就職先はメーカーを考えていたが、プラスロボでの経験を通じて介護事業を運営する企業への就職を考える
「プロジェクトは、いい意味で介護のイメージとは離れており、面白そうだと思って気軽に参加することができました。また、実際プロジェクトを進めるにあたって施設の中を見学したり施設長のお話を聞いたりすることで、より介護業界を身近に感じることができました。建物のデザインを決めるのは初めてだったけれど、お客様の事やニーズを考えながら取り組むという点でとても良い経験になりました」(岸本さん)

今回は、4回限定で、内装へのアドバイスということでしたが、学生からは、内覧会の手伝いやオープン後に関われることがあれば、スケッターとして参加したいという声が多くでました。

施設長の遠藤さんもさまざまな職種を経てきた転職組なので、介護に関わる仕事への入り口やタイミングはいろいろあるのではないかと考えている

得意や興味があるところから入ればいいのではないか

こうしたプロジェクトに参加する学生に、どのようにアプローチすればいいのでしょうか。一つは、プラスロボの代表が講師をした大学の授業での呼びかけです。

「『介護施設のお手伝いに行ってみましょう』では、高齢者介護に興味関心がない学生には自分事化してもらえません。『介護、介護していない施設、家として捉えて壁紙などの内装を一緒に考えてほしい』という感じで呼びかけることで、介護というと興味を示さなかった学生も参加してくれる可能性がでてきます。最初は学生にとっての抵抗感をなくすことが大切です。参加することで、徐々にどのような仕事なのかを知ってもらいたいと考えています」(北村さん)

なぜ、このような手法をとるかというと下記のような現状があるからです。

  • 関わるきっかけがなく、興味を持てない
  • 高齢者施設へのイメージが悪い
  • 自分に何ができるのか不安
  • 介助のイメージが強い

こういう壁がある中で、プラスロボでは「得意や興味があるところから入ればいいのではないか」という仮説に基づき、今回のようなプロジェクトを始めました。

もう一つは、ワークショップ形式の就活イベントです。1つの介護事業者に対して学生が5人のグループをつくり、介護人材難を抱える介護事業者の採用課題を一緒に考えていくワークショップです。

「企画やコンサルティングに興味のある学生は多くいます。こういうワークショップにすることで、介護業界に興味があるなしに関係なく参加することができます」(北村さん)

  • 何人採用したいのか
  • どのような職種を採用したいのか
  • どのような仕事なのか

このようなことを学生が事業者からインタビューしながら、採用難を突破する方法を考えていきます。

「自然と介護の仕事について知ってもらう機会になっていきます。そこに参加した学生に今回のようなプロジェクトがあることを紹介すると手を挙げる学生がいます」(北村さん)

ミーティングは、既存の介護施設で行われるため、学生にとっては施設や利用者、職員にふれる貴重な機会になる

学生との新たな接点づくりが必要

少子高齢社会が進み、介護業界の新卒採用は厳しい状況が続いています。北村さんによると、一部の大手事業者を除き、介護事業所では採用業務をする職員がさまざまな業務を兼務しており、優先順位が下がりがちだといいます。かつてのように養成校から安定的に採用できた時代ではなくなる一方、学生のインサイトの変化や新卒採用のスケジュールや流れ、学生の動きに疎くなり、乖離が進んでいるという。

「何をしたらいいか分からないという担当者も少なくありません。このような状況や学生の志向を考えると、新たな接点をつくることはとても重要なのです」(北村さん)

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