80歳まで働ける 中高年で介護の世界に飛び込む人材を支えるポイントは?
取材/福原麻希 撮影/阿部章仁
人生100年時代を迎え、元気なうちは社会で自分の力を発揮していこうとする機運が高まってきています。介護の世界もその一つです。「介護=きつい」というイメージが一般的かもしれませんが、現場では働きやすさを求め、改革が進んでいます。福島市にある「社会福祉法人ライフ・タイム・福島」の理事・事務局長の森重勝さん(79)は、その一人です。職員が80歳まで働けるように制度を見直し、50歳を過ぎてから介護の世界に飛び込んでくる人でも、無理をせずに「特技」をいかしながら働ける職場づくりをしています。なぜ、それが可能なのか、聞いてみました。
森重勝(もり・しげかつ)
79歳。「社会福祉法人ライフ・タイム・福島」理事・事務局長(7事業所所長を兼務)。
福島相互銀行(現・福島銀行)や関連会社を経て、2001年に同法人へ転職し、現在に至る。
福島県認知症グループホーム協議会会長。認知症ケア専門士。
1990年法人設立(理事長・三瓶松太郎)。91年、福島市内に特別養護老人ホーム「ロング・ライフ」、98年、認知症対応型入所・通所系「フクチャンち」をそれぞれ設立。2015年には地域包括ケア施設「ライフ吉井田」を新設。現在は福島市内南部地域で入所系サービスから、通所系サービス、訪問系サービス(訪問看護含む)までを提供する。全職員の平均年齢47.4歳(正職員41.2歳、非正規職員58.6歳)、平均勤続年数6.7年(正職員7.4年、非正規職員5.5年)、男女比は3対7。
職員の悩みを解決することで離職防止
「介護の現場には、送迎のドライバーや環境整備といった周辺業務も含めて色々な仕事があります。元気な人なら70代でも十分働けます。転職してくる人も大歓迎です。私たちは、基本的な知識や技術を習得する『介護職員初任者研修』を無料で受ける場を6年前から提供しています。会社勤めをしていて60歳で定年になる人でも、少しでも福祉や介護の世界に来やすいように工夫しています」
福島市の南部で、入所系サービスの特別養護老人ホームから、通所系サービスのデイサービスセンター、自宅に職員が訪ねる訪問系サービスの訪問介護事業所などを提供する「ライフ・タイム・福島」は、職員の年齢の上限について3回にわたって見直してきました。
2010年に60歳から65歳へ、16年に70歳へ、そして現在は80歳に引き上げています。現在、法人全職員135人のうち、60代以上は全体の2割弱を占めています。60代が19人、70代は4人で、いずれも非常勤職員です。こうした人たちが定着し続けられるように、森さん、施設長、次長の3人が毎年2回のボーナス支給日前後に全職員に面談をしています。働き方に関する希望に耳を傾けるためです。
「非常勤職員でも、年齢が上の職員でも、必ず何をやりたいかを聞くようにしています。また、それぞれが抱えている悩みを聞き、それが個人的な問題であっても解決できることであれば手助けをしてあげます。辞めないでもらうためにはこうした丁寧な対応が重要です」
50代や60代、70代の人たちは、親や配偶者の介護を抱えて悩んでいることがあります。そうすると例えば、「フルタイムでの働き方は難しい」「朝と夜の勤務は厳しい」といった人がでてきます。そういう場合にも、法人内でその職員の働きやすい職場に異動させることで、離職しないで済む環境を提供しています。
「仕事が早ければいいんですか?」その人に合った配置重要
「元気でやる気のある人は、ぜひこれまでのキャリアや特技をいかして働いてもらいたいと思っているので大歓迎です。アクティブシニア世代が介護の世界で活躍することは、年金暮らしの高齢者の生活の安定にもなります」
50代、60代で介護の世界に入ってきた人たちは、まずは介護助手として入浴や洋服の着脱、食事のサポートなどを担当しています。「入浴のお手伝いは大変」と思う人がいるかもしれませんが、入職まもない人には風呂上がりでぬれた髪の毛を乾かすドライヤー係を担当してもらうことで、負担感を軽くしています。
このほか、ショートステイやデイサービスの利用者の送迎、施設内での誘導、話し相手、建物の管理や修繕、植栽や除草といったものがあります。いわゆる「介護の周辺業務」といわれている仕事です。例えば、日曜大工が趣味の人には、車いす修理や新型コロナウイルス感染対策の透明アクリル板のパーテーションや、夏場には施設のテラスにミストシャワーなどの製作を依頼しています。元々持っている技能を活用することは、その人の働きがいにつながるからです。
「この施設で働いてもいいよという人が補完し合って、3人で1人の業務ができるようにしています」
「介護施設は、利用者の住まいとしての環境整備が重要です。介護のど真ん中の業務だけでなく、特技をいかして過ごしやすい環境を整える場で働いてもらうことは、よりよい介護を提供することにもつながり、大きなメリットです」
介護と関わりのない世界から入職した人は、まず有給で1週間~1カ月間、職場の見学だけをしています。何もわからない現場で、すぐ、あれもこれもと働かせたら、パニックを起こしてしまうからです。こうして不安を持たせないようにすることで、離職を防止する狙いがあるそうです。
「仕事が早ければいいんですか? 介護といっても多様な職場があります。その人に合った職場に配置することが重要なのです」
もちろん、同時に生産性の向上や効率化も進めています。手書きの業務日誌を廃止し、タブレットによる音声入力やチェック方式で記録するように改善したり、掃除ロボットを導入したりと積極的にテクノロジーを取り入れています。専門的な業務と、機械でもできる業務を切り分けることも、職員が「忙しい、忙しい」という気持ちを少しでも緩和させる策です。
稼働率アップと補助金・助成金獲得で職員の処遇改善へ
森さんがマネジメントで腐心するのは、風通しがいい職場環境や法人内での各事業所間の協力体制です。また、処遇や研修、福利厚生によってモチベーションを上げ、人材育成をしていくことも大切だといいます。
例えば、処遇面では毎年、非常勤職員でも昇給があり、ボーナスも夏は20日分、冬は25日分を支給しています。こうした処遇をしても、法人の人件費比率は事業費の63%程度で、採算分岐点とされる65%を下回っているそうです。
人件費や研修費を捻出するための財政基盤づくりとして、国や県、社会福祉協議会などの補助金や助成金の活用は必須だと指摘します。法人では、申請書作成のために専任の担当者を配置し、戦略的に動いています。これまで車両40台以上のほか、大型入浴機械や省エネ改修工事なども助成を受けて購入・設置しています。社会福祉協議会からは、新規採用した場合、職場定着支援として就労支援金や家賃補助もあります。補助金や助成金の年間総額は約4700万円で収入の約5%を占めています。
加えて介護報酬の加算があります。
「職員の人数を増やすだけでなく、介護報酬の加算が得られるように入職後に資格の取得を目指してもらうように促すことも経営にとって大切です」
例えば、入職当初は周辺業務を中心に介助をサポートする仕事をしている人でも、その後に専門的な研修を段階的に受け、「介護福祉士」などの資格を取得してもらえれば、介護の質向上だけでなく、介護報酬の加算が受けられるからです。その結果、法人の収入増加につながり、資格に応じて給料の増額も余裕を持ってでき、それが安定的な人材確保につながっていきます。
こうしたマネジメントを続け、95%を超える稼働率で施設を運営できるようになるためには、三つの支持が必要だと指摘します。
- 職員の支持
- 利用者と家族の支持
- 地域の支持
「施設やサービスを提供する『地域の支持』を得られれば、口コミで利用者が来ます。利用者は職員を見ています。だからこそ、職員を大切に育てられれば質の高い介護福祉サービスを提供でき、必ず地域に還元できると思っています」
渡辺淳さんからのメッセージ
「心配りのできる仕事」不思議なほどのめり込んでいます
渡辺淳(わたなべ・きよし)
57歳。実母(77)と2人暮らし。生活協同組合で24年間営業を担当した後、関西の問屋で営業職をしていたが、実父がくも膜下出血で倒れ福島の実家へ戻る。兼業農家をしていたが、2017年に「ライフ・タイム・福島」に入職し、特別養護老人ホーム「ロング・ライフ」勤務。20年9月から正職員。第二種運転免許所持。
父親が倒れたのをきっかけに実家がある福島に戻りました。これまで色々な仕事をしましたが、出来高払いの営業職では生活が安定しません。そんな時、ショートステイの送迎をする運転手募集の求人が目にとまりました。これが介護の世界に入るきっかけです。
運転手募集で採用面接を受けたのですが、入職1年後から空いている時間に介護助手の仕事もしています。施設側から「ぜひ、介護職員初任者研修を受けてほしい」といわれたものの、まったく畑違いの仕事なので戸惑いながら受講しましたが……。
講義では、認知症の方の状態の把握、車いすの操作、トイレ誘導、着替え、オムツ交換のコツなどを教えてもらいました。「へぇー、こうすればいいんだ」と新鮮な驚きがありました。介護の現場は「重労働でつらい」と思われていますが、私は「心配りのできる仕事」と感じていて、不思議なほどのめり込んでいます。
これまでの営業の仕事は、お客様に納得してもらうためのマニュアルがありました。一方、介護の仕事では上司5人に質問したら、5通りの答えが返ってくることもあります。いろいろな考え方があることがわかりました。私は日曜大工が好きなことから施設の営繕を担当しており、上司がまず私に相談を持ち掛けてくるため、頼りにされているんだなと感じています。福島へ戻ったあと、いくつかの仕事を経験しましたが、今は職場に来るのが楽しみで辞めたいとは思いません。
職場の上司に中には、自分の娘ぐらいの年齢の人もいます。私は離婚しているため、「娘もこんなふうに成長したのかな」と思いながら、若い世代と一緒に働いています。
香野多美子さんからのメッセージ
50代になって「自分には何ができるのか」と自問自答
香野多美子(こうの・たみこ)
56歳。夫、次男、三男と4人暮らし。自動車整備工場で勤務後、結婚後の8年間は主婦と子育てに専念。その後、地域の豆腐屋や八百屋で配達や販売の仕事をしていたが、ハローワークで介護の仕事に多くの求人があると気づく。介護職員初任者研修を受講後、2016年に「ライフ・タイム・福島」に入職し、特別養護老人ホーム「ロング・ライフ」勤務。20年10月から正職員。第二種運転免許所持。
50代になって「自分には何ができるのか」と自問自答することがあり、介護職員初任者研修を受講しました。その後、ハローワークで現在勤務する特別養護老人ホームの求人票を見て、面接を受けました。仕事はショートステイの利用者や入所者の通院のための送迎のほか、介護助手として入浴介助時にぬれた髪をドライヤーで乾かすこと、着替えの手伝い、ベッドへの移乗、施設内誘導などをしています。しんどいときもありますが、人と関わることが嫌いではないため、「ありがとね」と言われると喜びややりがいを感じています。
介護職員初任者研修のときと、実際の仕事ではギャップがあります。例えば、研修では身体的な不自由がない人と組んで車椅子やベッドへの移乗やオムツ交換などの練習をしました。しかし、現場に出てみると、ズシリとした人の重さを腕に感じたり、高齢者はちょっと触っただけでも内出血をしたりすることがあるため、細心の注意を払わなくてはいけないことに改めて気づかされました。事故がなく、「今日も何事もなく無事に終われること」に気持ちを集中させています。
介護の世界に入って4年が過ぎ、今は介護の深さを感じています。お一人おひとりへのケアの仕方が異なるので、義母や実母を思い出しながら「おかあちゃんだったら、こうすればいいのかな」と考えながら、少しでも気持ちに寄り添うようにしています。
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