地元の元気な高齢者を「介護助手」に採用 介護老人保健施設「いこいの森」の戦略
取材/渡辺千鶴
地域の元気な高齢者を「介護助手」と位置づけ、利用者と接しない周辺業務を担ってもらう取り組みは今、全国に横展開されています。この取り組みの先進地である三重県にある「医療法人緑の風 介護老人保健施設いこいの森」の関係者にインタビューすると、元気な高齢者の希望に配慮した取り組みが浮かび上がってきました。
東 憲太郎(ひがし・けんたろう)
67歳。1980年、三重大学医学部卒業。同大学医学部付属病院胸部外科を経て、89年に有床診療所「千里クリニック」を開業。91年、医療法人「緑の風」を設立し理事長に就任。2014年より全国老人保健施設協会長を務める。三重大学医学部、高知大学医学部非常勤講師。趣味はゴルフ。
1997年5月、設立(施設長・東 憲太郎)。在宅復帰・在宅支援を柱に多職種が連携してリハビリやケアに取り組む。入所・短期入所の利用者は100人、通所の利用者100人。職員は158人(うち95人が正職員)。介護職員は58人(うち51人が正職員)に対し、介護助手は41人(全員が非正規職員)。
介護職員の残業ほぼなくなり、有給休暇も取得可能に改善
いこいの森は、津市郊外の住宅地にあります。在宅への復帰を目指して機能回復訓練をする介護老人保健施設(老健)です。東さんは、1989年に入院機能がある千里クリニックを開設し、地域医療に取り組んできました。近隣には大きな団地が三つあります。開院当初は若かった患者も、もう定年退職を迎えてきています。
「外来診療で受診するなじみの患者さんには、定年退職を迎えて『何もやることがない』とぼやいている人が多くいました。それなら社会貢献のつもりで介護職員を助けてもらおうと思いついたのです」
介護職員の人手不足は全国的な課題です。介護職員は専門的なケアのほか、入所者の見守り、話し相手、ベッドメイキング、食事の配膳、片付け、物品の補充、リネン交換とありとあらゆる業務をこなし、残業も当たり前、という状況が各地で続いていました。
「毎年のようにうつ病を発症する職員があとを断ちませんでした。疲弊しきっていた介護職員の負担を少しでも軽減することは緊喫の課題だったのです」
東さんは2015年、三重県老人保健施設協会による「元気高齢者『介護助手』モデル事業」をスタートさせました。ポイントは、介護人材の確保、高齢者の就労先確保、介護予防の三つの視点です。
いこいの森で働く介護助手は今、40人になりました。導入から5年が経過し、介護職員の間では多くの改善効果がでています。
- 周辺業務の負担が軽減され、ケアの質が向上した
- 利用者へ関わる時間が増え、リスク軽減につながっている
- 介護助手1人の雇用で、直接介護に関われる時間が1日当たり190分増えた
- 残業が減った
- 時間的にも精神的にも余裕ができた
「当施設の場合、介護助手を導入後、うつ病を発症する介護職員がゼロになりました。また、残業がほぼなくなり、有給休暇も取得できるようになって働きやすい職場に変わりました。三重県の調査においても介護助手の増加に伴い、介護職員の離職率の低下がみられ、職員の定着に効果が認められたことがわかっています」
元気な高齢者の働きたい曜日や時間帯に配慮
周辺業務の定義は、施設によって違います。いこいの森では、まず介護職員の所属長にすべての業務を洗い出してもらい、介護職員がやらなくてもよい業務を選び出し、難易度に応じて三つのランクに分類しました。介護助手には身体介護や認知症の人への直接対応など専門的ケアを絶対にさせないことがポイントです。
一方、東さんたちは、元気な高齢者の事情にも配慮しました。働く曜日や時間帯の設定です。事前説明会や個別面談を通じて見えてきたのが、元気な高齢者が最も働きやすい条件でした。施設のニーズでお願いするのではなく、働きやすい条件に施設が合わせることでした。
「ニーズを聞き取ると、終日勤務では体力的につらい、親や孫の世話があるから長時間働けない、自分の時間も大切にしたいといった声が多くありました。1日の勤務時間は3~4時間、午前と午後の交代制で、週3~4日勤務するという条件が最も働きやすいことがわかりました。早朝6~9時の勤務を希望される人もいて、夜勤明けで人手が足りなかった介護職員たちにとっても大変助かりました」
こうしたニーズに沿った労働環境を用意しても、介護助手の平均勤続年数は3年ほどです。長く働いてもらうためにはさらに工夫が求められます。
「単調な作業が多くマンネリ化するため、業務を定期的に変えることが必要です。意欲がある人は、より難易度の高い周辺業務にステップアップできるようにオン・ザ・ジョブ・トレーニングを行っています。介護助手は重要な戦力なので、若い介護職員には言葉づかいを含め、丁寧に接するように徹底しています」
失敗する自治体から見えてきたこと
2020年3月に公表された三重県医療保健部の報告書によると、介護助手の制度は県内44施設に広がっています。その内訳は介護老人保健施設が30施設、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)が12施設、認知症グループホームが2施設です。また、三重県の取り組みは、厚生労働省のモデル事業として全国に展開され、全国25の都道府県で行われています。
しかし、導入がうまくいっていない自治体もあるようです。
「失敗の大きな原因の一つは募集のかけ方です。ある県はより多くの人からの応募を期待して全世代を対象としたものの、人が集まりませんでした。3K(キツイ・キタナイ・キケン)のイメージが強い介護の仕事は働き盛りの世代から敬遠され、元気な高齢者にも自分が働き手の対象になると認識してもらえなかったようです。業務内容を周辺業務に限定せず、『介護の仕事』と幅を持たせてしまったのもマイナスに働いてしまったと思います」
こうした事例から、働き手の対象範囲を広げずに元気な高齢者に絞ること、そして業務内容は周辺業務に限定することが導入を成功させるうえで大切だとアドバイスします。そして、元気な高齢者を巻き込むことで介護予防(働きながら介護を学び、現場を知ることで将来に備える)への効果が高いことも、自治体関係者によく理解してもらう必要があるといいます。
*参考資料 「介護現場での取り組み」(公益社団法人 全国老人保健施設協会)
*参考資料 「三重県 介護助手の導入支援について」(三重県医療保健部長寿介護課)
新山房子さんからのメッセージ
一人暮らしで引きこもらないために
新山房子(にいやま・ふさこ)
76歳。介護助手。60歳で定年を迎えるまで事務職として勤務し、定年後は70歳まで清掃の仕事に就く。2019年4月から介護助手として働き始める。徒歩10分の通勤がよい運動になっている。一人暮らし。
3年前に病気で夫を亡くし一人暮らしになると、家に引きこもりがちになりました。そんな私を見かねて、介護助手をしていた友人が「気持ちに張り合いができるから」と誘ってくれたのです。介護経験もなかったので気後れしましたが、家に一人でいてもつまらないし、思い切ってやってみることにしました。
午後4時~午後7時までの3時間勤務を希望し、週3~4日、平日限定で働いています。主な仕事は食事のサポートです。食事の介助は介護職員さんの仕事なので、私はエレベーターホールで利用者をお迎えするほか、配膳や食べ終わった食器を集めて厨房(ちゅうぼう)に運んだり、テーブルを拭いたり、床を掃除したりしています。介護助手として気をつけているのは決して介護職員の仕事をしないこと。時間に余裕があるときでも、自分の仕事以外の業務をするときは必ず介護職員さんに確認します。そのほうが安心して楽しく働けますから。
仕事に慣れるまでに約半年かかりました。介護助手の業務そのものは毎日同じことをやるので覚えるのに苦労しませんでしたが、利用者さんの名前と顔を覚えるのが大変でした。でも、エレベーターホールでお出迎えをするときにお名前を呼ぶと笑顔になられるのがうれしいですね。介護助手のため利用者さんとの関わりは限られていますが、ささやかな触れ合いが私のやりがいにつながっています。定期的に出かける場所ができて生活にメリハリが生まれたことを娘や孫たちはとても喜び、私の仕事を応援してくれています。70代半ばになっても元気に働ける場があることは本当に幸せです。
矢田きよ子さんからのメッセージ
母親の介護でやっていることの延長
矢田きよ子(やだ・きよこ)
69歳。介護助手。結婚後、子育てをしながら電子機器関連の工場などに勤務。夫と2人暮らし。モットーは、ストレスをためない程度に楽しく働くこと。
介護助手として働き始めて4年目になります。水曜と日曜を除く週5日、午後1時~4時までの3時間勤務しています。担当している業務は、清拭(せいしき)用タオルの準備に風呂掃除、ポータブルトイレの洗浄、手すり拭き、食器洗いなどです。
病気をした後、体力を回復するために体を動かしたいと思っていた矢先、介護助手を募集する新聞の折り込みチラシを見つけました。事前説明会に参加して話を聞いてみると、介護経験はなかったものの、やれそうだなと思いました。近所で一人暮らしをする96歳の母親を介護しているので、その延長と感じました。また、勤務時間が短いのも安心しました。
仕事はとても楽しいですよ。第一に仲間がいい。みんな高齢者なのでいたわり合って仕事をしています。介護職員さんも親切で「ありがとう。助かった」という感謝の言葉に、こんな私でも役に立っているということが実感できてうれしいです。明日もがんばろうという気持ちになれ、励みになっています。母親の介護の状況にもよりますが、75歳まで元気に働いていた仲間がいたから、その人を目標にして、体調に気をつけながら働き続けたいと思います。
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