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早期退職後のリスタート 介護を通じた「地域貢献」で気づいた大切なこと

送迎の合間の時間、利用者と介護職員との輪にも加わる石井雅裕さん(中央)

60歳を目の前にして会社を早期退職した後、どういう過ごし方をするのか――。
大手製薬会社で薬の営業をしてきた東京都江戸川区の石井雅裕さん(61)は、2018年に早期退職した後、約1年間考えた末、地元の特別養護老人ホームで働き出しました。週4日の勤務で、併設のデイサービスの利用者の送迎や4台ある送迎車の運行ルートの調整、昼食時の配膳などを担っています。介護の世界に入ったのは偶然でしたが、毎回のように「『ありがとう』と感謝される仕事ってあまりないですよね」と感じています。企業を定年退職しても、健康を維持すればその後、10年20年と働くことができる時代になりました。

石井雅裕(いしい・まさひろ)

61歳。「社会福祉法人江寿会」の特別養護老人ホーム「アゼリー江戸川」非常勤職員。
大学卒業後、1983年、「マルピー・サール(現ファイザー)」に入社し、開業医や病院医師、薬剤師らに自社製品の営業をする医薬情報担当者を長年担当。その間、労働組合「ファイザーユニオン」で専従職員として4年間勤務する。2018年5月に早期退職。2019年10月から現在の職場に勤務。 

町内会で声かけられ介護の世界へ

石井さんの前職は、診療所や病院の医師、薬局の薬剤師に会い、自社の製品である薬を説明して使ってもらえるように営業することでした。1日10件程度回り、「家は寝に帰るだけにあったようなものでしたね」と振り返ります。製薬業界の営業スタイルが大きく変化したこともあり、60歳定年より1年5カ月早く早期退職制度を利用して、次の人生にかじを切りました。

「地元に貢献したい」

「仕事一辺倒だったので、地元でボランティアをしたい」

こんな思いを抱きながら、ジムへ通って体を作り直す中で、「人生を考える時間もでき、気持ちがリフレッシュしてきた」そうです。退職後は町内会の役員も始めました。1年後、町内会のある役員が、すでにアゼリーグループで働いていたことから、現在の職場を紹介されました。採用面接時、前職では社有車を運転して医療機関などを回っていたことから、利用者の送迎ドライバーなどを行う非常勤職員として働き始めたそうです。

「前職のように向き合う相手が医師や薬剤師でも、いまのようにおじいちゃん、おばあちゃんの利用者さんでも、仕事の向き合い方を変えることはありません。日ごろの態度は相手にもわかってしまいますしね」

とはいえ、大きな体は身のこなし方一つで体の小さい利用者をはね飛ばしてしまいかねないので、1年経っても「いまだに怖い」と感じることがあるそうです。

「スタッフ間のコミュニケーションがいいので、仕事をしていて楽しいです。ドラーバー仲間もみんな元気。楽しくなければ、私はすぐ辞めていますよ」(石井雅裕さん)

施設のフロアでギターの弾き語りをすることも

週4日の勤務。午前8時30分から午前10時30分と午後3時から午後5時は、ドライバーとして送迎車のドライバーをしていますが、空いている時間には5台の車による毎日微妙に変わる送迎ルートの選定をしたり、昼食時の配膳をしたりしています。

「心がけていることは、安全第一で、急発進、急ブレーキ、急なハンドル操作はしないように。また、利用者さんには一言でも声をかけるようにしています。1年経つと顔見知りになるので、声をかけてもらえるようにもなりました」

効率的な送迎ルートの作成では、すでに周囲から頼られる存在になっており、石井さん自身も「細かな調整が面白い」と感じています。

このほか、施設のフロアで、時々、ギターの弾き語りをすることもあります。『なごり雪』『青葉城恋歌』のように誰でも知っているスローテンポの曲を選んで、利用者さんも口ずさめるようにしているそうです。

利用者の前で歌う石井雅裕さん(提供写真)

デイサービス減ればお風呂に入れる回数減るという現実

前職で医師や薬剤師を回っていたとはいえ、特別養護老人ホームのような介護施設の中で、日々どのような感じで時間が流れ、何をすればいいのか、という知識までは持っていなかったそうです。ただ、新型コロナウイルス感染症の流行によるショートステイの利用制限などが始まると、思いも寄らないことに気づきました。

「例えば、デイサービス週2回が週1回の利用しかできなくなったおばあちゃんが、ぽろっと口にしたんですよね。『週1回しかお風呂に入れないのよ……』。あっ、そうだよね、と思いました。同居家族がいても、デイサービスの日しかお風呂に入れない人が結構いるんだと気づきました」

「ここに来れば、人と話すこともできます。だんだん、介護の世界が分かってきて、こういう施設やサービスが社会には必要なことが素直に分かりました」

そんなこともあり、最近、同居する89歳の母親にデイサービスを勧め、通うようになったそうです。これまで介護経験はなく、車いすに触ったことすらなかったという石井さんですが、いまでは、坂道の移動介助でも利用者が不安にならないように、車いすを逆向きに動かすなど、自然にふるまえるようになったそうです。

持続のために大切な「何かをやってみよう」という気持ち

前職では、自宅と訪問先を「直行直帰」する生活をしていました。売り上げの目標額もあり、ストレスを感じる日々を送っていましたが、今は伸び伸びと気持ちよく働けているそうです。そんな石井さんのモチベーションの一つは、利用者から「ありがとう」と日常的にお礼をいわれることです。

「感謝される仕事ってあまりありませんよね。すごくうれしいし、次はもっとちゃんとするようにしようと思いますよね」

介護業界の仕事は「きつい」「重労働」といわれがちです。しかし、石井さんは「どんな仕事でも忙しかったり、きつかったりすることがあります」「イヤイヤやっていたら、どんな仕事でもきついと思うようになってしまうと思います」ともいいます。

製薬会社時代は家族を守るため、2度の企業合併でも会社を辞めず、懸命に働いてきました。早期退職を経て介護の世界に職場が変わりましたが、自宅にいる時間が多くなり、家族からは「家庭的になったね」といわれているそうです。

人生100年時代。石井さんはこうアドバイスします。

「今後も働き続けるためには、まずは絶対に健康が大事です。次に『何かをやってみよう』という気持ちを持ち続けることですね」 

社会福祉法人江寿会

1998年法人設立(理事長・来栖宏二)。99年に特別養護老人ホーム「アゼリー江戸川」を開設。その後、通所介護や居宅介護支援事業といった介護保険事業のほか、受託事業として地域包括支援センター、保育園と事業を広げている。アゼリー江戸川(特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービス、地域包括支援センター)は、職員数129人。平均年齢48.5歳、平均勤続年数6.3年、男女比は2対8。

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