原作は小学生 海外で評価される日本の認知症映画 私の作文が映画に(上)
取材/平林理恵 撮影/上溝恭香
教育映画を手掛ける高木裕己監督の新作児童劇作品『「やさしく」の意味――おばあちゃんは認知症だった――』がアメリカやブータン、インドなど海外の映画祭で高い評価を得ています。
本作は、2017年度に福井県敦賀市が開催した「小中学生の認知症サポーター作文コンテスト」の最優秀作品をベースにしたもので、作者である三輪実由さん(当時小学4年生)の、認知症である曽祖母に対する気持ちや接し方の変化が丁寧に描かれています。
映画化のプロセスや作品に込めた思いや、作文を書くきっかけとなった認知症サポーター養成講座の内容などについて、高木監督と三輪さんに話を聞きました。
――本作品は、どのような経緯で映画化されたのですか?
高木裕己監督(以下、高木) 私は、これまでに「認知症対策シリーズ」として、啓蒙(けいもう)のための映画を企画プロデュースしてきました。そのなかで、福井県敦賀市では小中学生全員が「認知症サポーター養成講座」を受講する取り組みがあり、受講後に作文を書いているという話を耳に挟んだのです。
実は、そのときまでに3作品ほど、子どもの作文を映画化した経験がありました。子どもの視点には大人にない鋭さがあり、大人が忘れているものをあぶり出してくれる。そんな手応えを感じていた私は、認知症関連の作品の監修をしていただいている玉井顯(たまい・あきら、敦賀温泉病院院長)さんを通して、敦賀市に「受講後の子どもの作文を映画化させてもらえないか」と持ちかけました。
認知症についての子どもの作文をベースにした映画は、今の世の中に求められているもののはずだ――。そんな私の思いを、敦賀市の市長、教育長をはじめとしたみなさんがくみ取ってくださり、敦賀市の全小学校、中学校を対象とした「認知症サポーター作文コンテスト」が実現しました。
コンテストに寄せられた作品は約250。その中から映画化候補として5作品が挙がり、私がその中から1作品を選んで映画化することになりました。
読んでみると、5作品とも一生懸命書かれた良い作文でした。なかでも三輪さんの作文『「やさしくする」ということ』は、認知症になったひいおばあちゃんに対する心の動きが大変よく描かれていました。
私たちの使命は、心の揺れを映像にすること。その意味で三輪さんの作文が最適であると考え、これを原作に映画を撮ることを決めました。
――三輪さんは、どうして作文コンテストに応募したのですか? どんな作文を書きましたか?
三輪実由さん(以下、三輪) 3年前に受けた「認知症サポーター養成講座」は小学校4年生全員が参加して、作文はその年の冬休みの自由課題の1つでした。作文コンテストに応募したのは、担任の先生や校長先生に勧められたからです。
あの頃、うちには認知症のひいおばあちゃんがいました。私はいつも「お年寄りにはやさしく」と思っていましたが、「今日は何曜日?」と何回も何回も聞いてくるひいおばあちゃんに、イライラしてしまうことも。どう接したらよいのかがよくわからなかったんです。
でも、認知症サポーター養成講座を受講したことで、やさしくすることの意味がわかるようになりました。作文には、そのことを書きました。
――作文をどうやって映像作品にしていったのでしょうか。そのプロセスを教えてください。
高木 作文映画をつくるポイントは、作文に描かれていることを映画の中にしっかり取り込んでいくことです。
作文に書かれている言葉は、原作者である三輪さんの心の声なので、これを最大限に生かしたいと思いました。そして、三輪さんの心はモノローグの形をとって、映画の中で随所にちりばめたいと考えました。
そのために、まず作文の中から使える文章をできるだけたくさん拾い上げました。次に、ひとつの筋に組み立てられるかどうかを推敲(すいこう)しながら読み込んでいき、おおまかな筋書を作りました。
ここまでが最初のステップと言っていいでしょう。
ここで作った筋書は作文の中にある文章を並べただけですから、映画にするためにはその間を橋渡しする物語が必要です。
文章と文章をつなぎ、物語を紡いでいく作業。それが次のステップです。
私たちは物語の素材を集めるために三輪さんのお宅にお邪魔し、三輪さんとご家族に取材をしました。知りたかったのは作文には描かれていない、ひいおばあちゃんを巡る家族のストーリー。その取材で、ひいおばあちゃんが外出した先で道に迷ってしまったというエピソードが出てきました。
ああ、このエピソードなら映画のヘソ、つまり物語の中心になると考えた私は、映画後半にこのエピソードを置きつつ、そこに行き着くまでの過程に足せる素材がないかな、とさらに探し続けました。
すると、ひいおばあちゃんの誕生日など節目のときに、三輪さんが手作りのカードを渡していたことが浮かび上がってきたのです。何度言われても忘れてしまうひいおばあちゃんに、手元に置いてずっと見ていられる手作りのカードを渡す。これは「やさしさ」の具体的な形で、映画のテーマにもつながります。
こうして、家族の日常や行事を通して心の動きをたどり、後半のひいおばあちゃんが道に迷うエピソードへとつなげるというストーリーができあがりました。
ここまで取材したあとは原作者の三輪さんから離れ、脚本の世界に入っていきます。映画は縦に時間軸を動かす必要があるので、原作とは別物としてストーリーを肉付けし、脚本で描く世界を構築します。
『「やさしく」の意味』は、このようなプロセスを経て作りあげました。
――三輪さんの書いた作文を元にこのような映画ができあがりました。三輪さんの感想を聞かせて下さい。
三輪 監督が私の家に来て、私と家族、それから私のいとこたちの話を聞き取ってくれました。完成した映画を見たとき、監督にお話ししたことが映画の中にうまく入っていることにすごく驚きました。
ひいおばあちゃんがいなくなったシーンではドキドキし、見つかったときはほっとしました。一番印象に残っているのは、ひいおばあちゃんのお誕生日に、歌のプレゼントをするところ。亡くなったひいおばあちゃんが本当にそこにいるみたいで、一緒に暮らしていたときのことをたくさん思い出しました。家族もとっても喜んでくれました。
後編につづきます。