訃報で凹む高齢者 食欲不振はつぶやきで解消 これって介護の裏技?
青山ゆずこです! 祖父母が認知症になり、ヤングケアラーとして7年間介護しました。壮絶な日々も独学の“ゆずこ流介護”で乗り切ったけれど、今思えばあれでよかったのか……? 専門家に解説してもらいました。
食欲不振の根本の原因とは?
ずっと連れ添ったじーちゃんが亡くなり、ほかにも近所に住んでいた昔からの友人や顔なじみの人まで一人、また一人と訃報が続いたときのお話です。
大切な人を亡くした喪失感や寂しさに襲われたり、環境の変化についていけなかったのか、毎日ゆずこの部屋の荷物を廊下や外に放り出すくらい元気だったばーちゃんが、「みんな死んじゃったんだ」「お隣の○○さんも、はす向かいの○○さんも、そしてうちのじーさんも死んじゃった。もう私しか残っていない」と、徐々にふさぎ込むようになってしまいました。
見るからに落ち込んだ様子だったのですが、一番心配だったのは、食べることが大好きだったばーちゃんの食欲がピタリとなくなってしまったことです。
ほとんど食事をしていないはずなのに「いらない」の一点張り。そこで「食べないと体を壊すよ」「体に悪いよ」と正論を突きつけても、まったく何の意味もありません。
そんなときにゆずこがよく使っていたのが、「自分が超好き嫌いが多いダメ人間になって、ばーちゃんに頼って食べてもらう作戦」でしたが、今回のようにばーちゃんが精神的に落ち込んでしまっているようなときは、いくら頼ってもあまり効果がありません。
そこで次にゆずこが目を付けたのは、「普段の口ぐせを、うまくきっかけにしちゃおう」という方法です。
いつもの口ぐせがヒントに!?
そのばーちゃんの口ぐせとは、「私は茨城県全体で3人しか選ばれない、健康優良児だったんだ」という自慢です。いつ選ばれたのか、本当に選ばれたのかは定かではありませんが、よほど嬉しかったのか毎日のようにゆずこに自慢してくるのです。そこまで言うのだったら、その“ネタ”を使わない手はありません。
ただ気を付けなければいけないのは、落ち込んでいるときにやみくもに刺激したり頼っても、余計にふさぎ込んでしまうかもしれないという点です。
そこで、「思わずこぼしてしまった本音(ゆずこの独り言)に反応してもらおう」という作戦を決行しました。面と向かっては伝えず、あくまでも独り言。
「健康優良児だったら、好き嫌いしないでもりもり食べていたのかな。ばーちゃんの食べっぷり見たかったなあ……」
「素敵だったんだろうなあ。いいなあ、見たかったなあ。……あ! ごめんごめん気にしないで! これはゆずこの独り言だから」と、分かりやすく呟き続けるゆずこ。眉毛は下げ気味で、ちょっぴり悲しい顔をして。誰もいない空間に向かって言葉をこぼして、チラッとばーちゃんを見るだけです。
すると、なんということでしょう。
「ふん! 今だって食べられるさ」「私はね、茨城県で3人しか選ばれない健康優良児に……」といつもの自慢を何度も口にしながら、ゆっくりと用意した食事を食べ始めたではありませんか!
ポイントは、調子にのせればいいことではなく、根本にあるかもしれない不安や寂しさ、喪失感を、先に聞けるだけ聞いておくという点です。冒頭の、
「お隣の○○さんも、はす向かいの○○さんも、そしてうちのじーさんも死んじゃった。もう私しか残っていない」という話も、ゆずこはもう何百回も聞きました。そして何度も同じ話をする中で、体に触れて「でもばーちゃんには、わたしがいるよ」と寄り添いながら、じわじわとプライドをくすぐるのです。
食欲増進のポイントは風味と雰囲気にあり?
どのような状況下でも食事をしないと、生きて行く上で必要な栄養が取れていない「低栄養」状態に陥ってしまいます。特に高齢者は嚙む力や飲み込む力(嚥下)が低下したり味覚や嗅覚が鈍くなってしまうことが、食欲不振に直結してしまう可能性もあるとか。
ゆずこは直接的、または間接的にプライドをくすぐってみたり、心に寄り添ったりすることでばーちゃんの不安やストレスを軽減させようと向き合ってきましたが、ほかにも方法はあるのでしょうか。 認知症や介護ストレスを専門とし、東大病院老年病科で物忘れ外来を担当している亀山祐美先生にお話をお聞きしました。
「ゆずこさんの“心に寄り添う”、相手の負担を軽減する“間接的にプライドをくすぐる”というのもいい方法だと思います。でも食欲不振には、ストレスや一時的な気分ではなく、実は病気の影響など別の原因が隠れている可能性もあるので、まずは医師の診断をあおいでくださいね。中には『実は入れ歯が合わなくなっていて、それがストレスになって食事を取りたくない』という人もいるのです」
そうですね。わたしも、事前にばーちゃんをかかりつけのお医者さんに診てもらいました。
「その上で味覚の変化や精神的なものが原因という可能性が強ければ、味を濃くするのではなく、スパイスや風味を変えたり強くして食欲をそそるのも一つの手です。塩味(えんみ)じゃなくて、風味がポイントです。認知症の人の中には嗅覚が鈍くなるという人もいますが、『カレーの匂いは分かる』という人も多いんです。
ほかにも私の患者さんに、外食などでいつもと雰囲気が変わると食べるようになるという人もいらっしゃいました。また、多少栄養が偏ってもあまり神経質になりすぎず、相手の好きな食べ物や味付けで食欲を刺激するのもいいと思います」
そういえば、わたしの勝手な好みで「にんにくたっぷりだけど、ちょっと薄味なカレー」を作ったときは、プライドをくすぐらずとも結構食べてくれたような……。
それに、「うっわ!!なにこれめっちゃうまっ!」とちょっと大げさにリアクションしたり、間違えて超辛口になってしまったときに、口が大火事でヒーヒー騒いでいるゆずこを見てゲラゲラ笑っていたばーちゃん。食卓に笑顔が増えると、比例するように食欲も自然と増していたような気がします。
独り言として間接的にプライドをくすぐる作戦や、ダメ人間になる作戦を使い分けまくったゆずこ。カレーを気に入ったばーちゃんに一週間連続でリクエストされたこともありますが、それでもオッケー。介護には厳密なルールや正解がないからこそ、こちらも臨機応変&柔軟に構えていたいところです(カレーのリクエスト、最長記録は2週間でした……)。
- 亀山祐美(かめやま・ゆみ)先生
- 東京大学医学部附属病院・老年病科助教。医学博士。認知症、老年医学、介護うつ、介護ストレスを専門とし、日本老年医学会、日本認知症学会、日本老年精神医学会、日本抗加齢医学会などの専門医を務める。2003年より東大病院老年病科で物忘れ外来を担当。『不安を和らげる 家族の認知症ケアがわかる本』(西当東社)を監修。