施設のばーちゃんに孫「行ってきます」の深い理由 これって介護の裏技?
青山ゆずこです! 祖父母が認知症になり、ヤングケアラーとして7年間介護しました。壮絶な日々も独学の“ゆずこ流介護”で乗り切ったけれど、今思えばあれでよかったのか……? 専門家に解説してもらいました。
帰りたくて転倒、顔に大アザ、足に鈴
「私は絶対に人の世話になんかならないよ!」と、ずっとデイサービスやショートステイ、ホームへの入所を頑なに拒み続けていたばーちゃん。調子を崩して入院生活が続き、その後は近所の有料老人ホームへの入所が決まりました。
そこは認知症の人も受け入れていただける施設だったのですが、入所してしばらくはばーちゃんの暴走っぷりがとにかく凄まじく……。「家に帰らせとくれ!」と、力づくで帰ろうとして暴れてしまったり、夜中にベッドから転倒して顔に大きなアザを作ったり。間違えて他人の個室に入ってしまったことから「どこにいるか分かるように」と足首に鈴を付けられたこともありました。
「このまま施設になじめないかも知れない」「追い出されてしまったらどうしよう」と家族全員、毎日不安で仕方ありません。そのため入所したばかりのころは、わたしや母、叔母が、ばーちゃんを落ち着かせるためにできるだけ頻繁に会いに行ってあげようと、3日に1度くらいのペースで施設に通っていました。
しかし、ばーちゃんはなぜか、会いに行った後に必ず感情的になったり暴れてしまうというのです。スタッフの話では、わたしたちが帰ったあとに施設の中をフラフラと歩き回ったり、時にはスタッフに大きな声で感情をぶつけてしまうこともあったと言います。
一体なぜ……?
もしかしてーーばーちゃんは、わたしたちが会いにいくたび「やった!連れて帰ってもらえる」「迎えに来てくれた」と勘違いしてしまうのかもしれません。でも、最後はいつも置き去りにされてしまう。どうして。なぜ。その気持ちを想像すると、感情が揺さぶられ、振り回され、暴走してしまったり自暴自棄になってしまったりする気持ちもちょっと分かります。
そこで、思い切って1カ月~1カ月半の間、会いに行くのをやめました。「家族が来たら、家に帰れるかもしれない」と中途半端な期待を抱かせてしまうのであれば、良かれと思って会いに行く方が酷だと思ったからです。
耐えて、耐えて、耐えて。久しぶりに施設を訪れたとき、驚くことにばーちゃんにはある変化が起きていました。
施設が自分の場所に ゆっくり表れたある変化
久ぶりに会ったばーちゃんは、さほど感情的になることはなく「よく来たね」「何時までいられるんだい?」と、落ち着いて声をかけてくるではありませんか。
さらに帰り際も、今までだったらわたしたちの服をつかんで離さなかったり、「私も連れて行っておくれよ」と言い出してきかなかったりしたのですが、まったく違います。エレベーターの前まで見送りにきてくれたうえに、「夜の道危なくないかい?気を付けて帰りなね」「また来ておくれよ」と昔、自宅の玄関からお見送りをしてくれたばーちゃんの姿そのものだったのです。
だから返事も、昔のように「うん! 行ってきます!」。
懐かしすぎて、思わず涙腺が崩壊しかけたわたしですが、変化はそれだけではありませんでした。
それは、施設での夕食の様子を、たまたま見かけたときのことです。
今までは誰とも話そうとせず目の前の食事だけを凝視して、誰よりも物凄いスピードで食事を終えていたばーちゃん。しかしその時はキョロキョロと周囲を見渡し、周りに合わせるようにおそるおそるゆっくりとごはんを口に運んでいたのです。また、隣で食事している人に自分から話しかけられなくても、じわじわとトレー(食器を載せているおぼん)を近づけていて、なんていじらしい……。
最初は環境に拒否しまくりの日々でしたが、ゆっくり、ゆっくりと、ばーちゃんは施設の中で自分の居場所を見つけようと一生懸命頑張っていたのです。嬉しいのだけど、寂しいような、そして嬉しいような。
とてもスローペースですが、優しい表情や笑顔も増えていきました。親を施設に入れることに抵抗していた母も、そんなばーちゃんの様子を見るたび「罪悪感が少しずつ消えていくみたい」と呟きました。施設や介護サービスは、“家族が家族を好きでいるための必要なものなんだ”と改めて強く実感した瞬間でした。
施設によって異なる対応
最初はすったもんだあった施設入所。ようやく落ち着きましたが、時間をかけすぎでしょうか。認知症になっても安心して暮らせる社会の実現を目指す、『認知症の人と家族の会』東京都支部代表の大野教子さんにお話を聞きました。
「ただ頻繁に会いにいけばいいとうわけじゃない、というのは本当にそのとおりだと思います。ゆずこさんたちが『ばーちゃんのために、あえてしばらく会わないようにしよう』と決断したように、『本人が慣れるまで、しばらく面会を控えてください』という施設もあれば、『毎日来て安心させてあげてください』という施設もあり、対応は分かれます。個人差もあるのですが、ゆずこさんたちの判断はおばあさんにとっては良い効果をもたらしたはずです。
ちなみに、帰り際に『今度来る時は〇〇を持ってくるよ』など、お菓子の話でも何でもいいので一言付け足すのもいいですよ。すぐに忘れてしまうかもしれませんが、その瞬間は別れの寂しさだけではなく、また来てくれることの楽しみが加わります。
また、利用者さんの中には家族が面会に行くと『呼んでもすぐに(スタッフが)来てくれない』『〇〇してくれない』など施設の愚痴を聞かせる人も多いのですが、これは本当に困っている、どうしようもない状態というより、吐き出すことでご本人のストレス発散になっています。
誰かに言うことでガス抜きをしているので、『あら大変ねえ』と本人の前では100%共感しつつ、話半分で聞いておきましょう(笑)。家族が施設に行くことで、スタッフとも顔見知りになってコミュニケーションが取れるので、その点でもより安心です」
新しい場所に飛び込み、そこを自分の居場所にするのは私たちでもそう簡単なことではありません。緊張するし、不安だし、寂しいし。
でもばーちゃんはきっと自分の中でそんな不安と戦いながら、着実に居場所を作り上げている。そんなばーちゃんの姿に励まされたゆずこでした。
- 大野教子(おおの・きょうこ)さん
- 『認知症の人と家族の会』東京都支部代表。1995年から4年間、認知症の義母を在宅介護(その後18年間遠距離介護)し、およそ3年前に看取る。1999年に同会の東京都支部の世話人と電話相談員を務める。2011年、支部代表となる。