みんなにやさしいタクシーが、車イスの母に優しくなかった 岩佐まり手記・後
フリーアナウンサーの岩佐まりさんは、重度のアルツハイマーの母と2人暮らし。仕事と介護を両立させながら、社会福祉士の取得を目指す大学生でもあります。介護福祉分野の情報感度が高く、人脈も広い岩佐さんですが、昨年の超大型台風19号をきっかけに、車いすの母との移動の難しさを改めて考えたといいます。前編に続き、後編ではタクシーについての体験と思いをつづっていただきました。
母が車椅子生活になってから見えてきた問題でいえば、外出がこれまで以上に容易ではなくなった、ということがあります。公共施設を始めとして、街のバリアフリーが徐々に進展してきているとはいえ、ユニバーサルデザインという考え方はまだまだ根付いているとは思えません。ユニバーサルデザイン――それは障害の有無・性別・国籍などに関わらず、誰もが快適に使えるように作られたものです。例えば、「バリアフリー」の観点で駅のホームにエレベーターが設置されても、端にあるので遠くてたどり着くまでに時間がかかることがあります。ユニバーサルデザインの考えでは、誰もが快適に使えるように動線を考慮し、ホームの真ん中や、改札からも近い場所に、エレベーターを設置します。障害者のためだけに作るものではない、みんなのために作る“心のバリアフリー”がユニバーサルデザインの特徴です。
そんな素晴らしい考え方に基づくユニバーサルデザインタクシー(UDタクシー)が日本でどんどん増えています。皆さんも車椅子マークのついた大きな車体のタクシーを見かけることがあると思います。座席を動かせば車椅子のまま乗車できるタクシーです。
2年ほど前、私も母を連れてこのUDタクシーに乗り込んだことがあります。しかし、あろうことか母は車椅子から降りて従来のタクシー同様に座席に座らされたのです。車椅子は折りたたんで積まれました。そのときの運転手さんは、「車椅子のまま乗車するには準備に15分以上かかり、さらにスロープ設置に十分なスペースを確保できる場所でしか使用できない」と言うのです。
仕方なく私は母を座席に座らせましたが、UDタクシーは従来のタクシーよりも車高が高く、母を抱きかかえて乗せるのはかなりの力仕事でした。それなのに運転手さんは「お手伝いしたくても、お客様の体に触れることは怪我の責任が負えないので禁止されています」と見ているだけ。さらには、「今後はUDタクシーではなく、車高の低い従来のタクシーをお使いになられた方が、足腰の弱い方には乗り降りしやすくていいです」と言い放ったのです。
ユニバーサルデザインを掲げたタクシーの運転手としては、情けないあまりの発言です。後でタクシー会社にも問い合わせましたが、「この運転手の発言に問題はなく、これが現状である」との回答でした。以降、母とUDタクシーに乗ることはなくなりました。
疑問に思いながらも月日は流れ、やっと昨秋、NPO法人「DPI日本会議」という障害者の当事者団体がこの問題を取り上げてくださいました。「UDタクシーに乗ってみよう!」というキャンペーンを行い、乗車拒否が多く、障害をもった皆さんがUDタクシーを活用できていない実態を浮き彫りにしたのです。
ではなぜUDタクシーは車椅子客を拒否するのでしょうか。運転手のモラルの問題だけを考えるべきではありません。車椅子のまま乗せるための準備の15分間は賃金が発生しない無料奉仕となるとか、車椅子の操作に不慣れであるとか、万が一操作を誤って乗客に怪我をさせたら運転手個人の責任問題が発生するとか、運転手の視点に立つと、リスクを伴う要素も多いのだそうです。車椅子客を避けたくなる気持ちも理解できなくはないでしょう。
ユニバーサルデザイン。それは、だれもが快適に使用できるものです。私は運転手にとってもどんな場面でも快適に使用できるものでなければならないと思います。それが、分け隔てを生むことなく車椅子客も快適に使用できるものへと変わっていくからです。超高齢社会の日本において、UDタクシーは今後も需要が増えることでしょう。一刻も早く、何かしらの改善策を期待しております。そして、車椅子の母と気軽にUDタクシーを使ってお出かけができるような日が来ることを願っています。