介護×ラップのQOL かっこつけじゃない僕たちのリアルを音に乗せる
取材・撮影/渡辺鮎美
2019年、「第1回なかまぁるShort Film Contest」で特別賞になった「介護しよう。MV feat.おばあちゃん」。背景にテンポよく流れるのは、現役の介護スタッフ2人でつくるラップユニットQOLが歌う「介護ラップ」です。音楽の世界をめざしていた2人がどのように介護の仕事に目覚め、「介護ラップ」を生み出したのか。show-kさん、大八さんに話を聞きました。
QOL(キューオーエル)
show-k、大八の2人によるラップユニット。介護や医療にまつわる様々なテーマを、軽やかなビートにのせラップで表現する。モットーは「しっかり仕事、しっかりチル(チル=くつろぐ)。介護の良さ、伝えます」。ユニット名のQOLは「生活の質」などと訳され、介護される人の状態をはかる指標となる。
show-k(ショック)
1985年青森県生まれ、10歳から東京で暮らす。高校卒業後、工事現場など、さまざま仕事を経験しながら、20歳のころ友人に誘われヒップホップを中心に音楽活動をスタート。25歳でホームヘルパーの資格を取得し介護の世界へ。特別養護老人ホームで介護スタッフを6年4カ月、生活相談員を1年務め、現在は居宅ケアマネジャーとして働く。
大八(だいはち)
1987年新潟県生まれ。高校時代からヒップホップなどの音楽活動を精力的に行う。卒業後、活動の幅を広げるために上京し、レコーディングで知り合ったshow-kの勧めで介護の世界へ。現在は都内の特別養護老人ホームや有料老人ホームでヘルパーとして働く。
――「介護しよう。MV feat.おばあちゃん」は、2018年にストリーミング配信したファーストアルバム「Kaigo」収録曲の「介護しよう。」にのせてshow-kさんの祖母が2人と共演するミュージックビデオ作品。映像では在宅介護の様子や3人で外出する姿をとらえ、軽やかなラップで介護の仕事を歌っています。
show-k 「介護ラップ」を若い人たちが集まるヒップホップのライブハウスでやるのもちょっと違うかなって、発信の難しさを感じていました。そんな時にこのコンテストを知り、応募しようと決めました。以前取材してくれた川端真央監督に相談したら「撮ります!」と言ってくれて。
大八 気がついたのが締め切りギリギリで、僕なんて夏の新潟への帰省から帰って来た日の夜に撮影でした(笑)。
show-k 祖母は進行性核上性まひという難病で、心筋梗塞(こうそく)も経験して、撮影した時は在宅介護をしていました。元気だった時に出掛けたことがあった場所の近くまで一緒に行って撮影したりして、楽しそうに参加してくれました。
大八 ニッコニコでしたね。できあがった動画も喜んで見てくれましたし。
――作品を見た人からはどんな感想がありましたか。
show-k この動画を見てイベントに来てくれる人や、介護職でヒップホップ好きの人が反応をくれたのがうれしかったです。自分たちのスタンスを伝えることができたし、分かってもらえた。
大八 40~50代の反応があったり、同じ介護職の方から「自分の子どもにも見せた」と言われたりもして、励みになりました。
――2人が介護の仕事を始めたきっかけを教えてください。
show-k 高校卒業後、職を転々としながらヒップホップを中心に音楽活動をしていました。音楽素材を配信する会社を立ち上げたこともあったのですが、生活のためにも仕事をしなくてはと、25歳の頃にハローワークの職業訓練でホームヘルパー2級(現在は介護職員初任者研修)の資格を取得して。介護には仕事を始めてからのめり込みました。大変さより、面白いと感じることが多く、真剣に仕事ができているので、結果このような音楽が作れました。ある意味クリエーティブな職種だとも思います。
大八 僕は高校時代から地元の新潟でヒップホップの活動を始めて、卒業後も上京して続けていました。show-kさんとは2009年にレコーディングを通じて知り合って、仲良くなりました。先に介護の業界で働き出したshow-kさんから「この仕事、面白いよ」と勧められて、一度は「無理です」って断ったんです。1年後に改めて勧められて「show-kさんが続けているなら、やってみようかな」と。初任者研修の受講中に母が脳梗塞(こうそく)で倒れて体にまひが残ってしまい、両親に何かあった時にも役立つスキルだと強く感じました。いまは派遣会社に所属して、ヘルパーとして養護老人ホームや有料老人ホームといった施設で働いています。
――QOL結成までのいきさつは。
show-k 介護の仕事の話や音楽の話をするうちに自然と結成されました。僕ら2人がヒップホップをするなら、そこでは自分たちのリアルを伝えたい。それなら介護だよねって。
大八 でも出会ってからQOLとして活動を始めるまでに9年かかりましたね。
show-k ヒップホップってちょっと悪いことを言っている、というようなイメージがあるかもしれませんが、それを変えたいという思いもありました。抱えているバックグラウンドや境遇、そこから抜け出したい、といった気持ちをリズミカルに表現しているのが本来のヒップホップなので。
大八 ヒップホップにもいろいろな考え方やジャンルがありますが、僕らは自分にとってのリアルを伝えるのが一番説得力があると思っています。
――これまでにファーストアルバムの「Kaigo」、シングル「suibun」「インフル」「睡眠―Good sleep―」「健康feat.赤ちゃん婆ちゃん」をリリース。12月24日には新曲「レスパイト」を発表しました。普段はどんな風に曲作りを。
show-k 何日も、何時間もスタジオにこもる作り方ではなくて、仕事や家の事を終えてから、リリック(詞)を持ち寄ってお酒を飲みながら話をしたり、それを持ち帰って再考したりしながら制作しています。大抵夜9時~11時のあいだ、時間が無いときは集中して30~40分だけやろう、ということもあります。
大八 ビートは僕が作っています。新曲の題名にした「レスパイト」や「レスパイトケア」は、在宅介護や育児、医療に関わる人の間でとても重要な話題です。家族など介助者が冠婚葬祭や旅行、あるいは日々の疲れといった事情で介護困難になった場合に、病院が入院を受け入れたり、支援者が代わりに助けたりすることです。でも、ことばの響きもかっこいい。ググればたくさん情報が出てくるので、まずは調べてもらうきっかけにしたいと思って、作りました。
show-k 仕事の話をしていると、介護に携わる人たちの共通トピックは結構上ってくるんです。聴いてくれる人にもリンクするといいなと思って、冬なら「インフル」、夏なら「suibun」と季節感も意識しています。
大八 朝起きて、ちょっと今日は仕事辛いなと思うと聴く。自分たちがこんなことを歌っているのに「仕事しないわけにはいかないよな」って、気持ちを奮い立たせることができるんですよね。戒めのような。
――ケアマネジャーとして、ヘルパーとして日頃はどんな業務をしていますか。やりがいや苦労は。
show-k いまはケアマネジャーとして、介護保険利用の際の心臓部となるケアプラン作成や給付の管理、ヘルパーさんを探したり、施設を見に行ったりもします。ケアプランの作成は特権的で専門性を有するので、責任も感じますが、やりがいのある仕事です。ご本人や家族から、より生活しやすくなったと聞くと、うれしくなります。
大八 始めた頃はやはり業務の忙しさが大変で、三大介助(食事、入浴、排泄=はいせつ)の繰り返しなんです。慣れればある程度「業務」としてこなせるようにもなるし、他の面白さが見えてくる部分もある。現場でもSNSでも、愚痴やマウント合戦になりがちですが、より良くする方向で話や発信ができたらいいですよね。僕自身は入浴介助が結構好きで、約40分という短時間に一対一でお世話するのですが、コミュニケーションがとれる時間なので楽しいです。
――今後、介護ラップで目指すことは。
大八 介護ラップを始める時、最初は自分の思う「格好いい音楽」にはならないかもしれない、と不安がありました。やはりヒップホップとしての格好良さはこれからも磨いていきたい。ただそうなると、ちょっと演出したくなる気持ちも出てくると思う。そんな時に自分たちの「リアルを描く」という軸がぶれないよう心がけたいです。
show-k 自分たちの生活があった上でのラップなので、仕事との両立は大切にしたい。介護業界、まだ必要な人にサービスが行き届いていない現状があります。そんな中、制度改正の議論などを報道で見ると、方針に反しているんじゃないかと感じる部分もあって。もっと介護の現場から問題提起や解決策に向けた意見を発信する必要あります。学者や専門家といった人たちにも、QOLを聴いてもらいたいです。