介護+○○=私のシゴト

住み慣れた街で最期まで生きる。自立を支える地域と介護のあり方を追求

岩見俊哉さん

岩見俊哉さんは広告会社、銀行関連のシステム会社から理学療法士に転身。現在は東京都府中市をエリアとする訪問看護ステーションの運営のかたわら、介護事業の起業、人材育成、採用戦略に関するコンサルティング業を展開しています。「介護業界は地域のインフラ」と話す岩見さん。医療から出発して介護までを視野に入れた幅広い取り組みを通じてめざすケアのあり方について話を聞きました。

岩見俊哉(いわみ・としや)

認定理学療法士、コーチ、介護事業の経営・人材コンサルタント、スウェディッシュケアセラピスト。1977年新潟県生まれ。大学卒業後、広告会社、地方銀行関連のシステム会社を経て理学療法士に。新潟大学医歯学総合病院、亀田総合病院(千葉)で勤務の後、2016年に「スウェディシュボディケアサロンFamilj(ファミージ)」を設立。現在は「オムソーリ訪問看護リハビリステーション府中」、介護事業の起業・人材育成などのコンサルティングを行う「MAST(マスト)」の2社を運営する。北欧の福祉やケアについての研究をライフワークにしている。

――岩見さんが代表を務める訪問看護ステーション「オムソーリ」はマンションの一室なんですね。

狭く感じるかもしれませんが、ここは事務所スペース。私やスタッフたちの現場は利用者のみなさんのご自宅です。現在「オムソーリ」のスタッフは約20人。利用者は130人ほど。子育て中の人や、介護中の職員も働いていて、1時間単位での有休取得や、訪問先への直行直帰も認めています。昼間は事務所に事務職が待機し、訪問のスタッフが不在になることもあります。

うちの訪問看護事業所は介護保険利用者が7割、医療保険利用者が3割程度と、介護保険領域の高齢者のケアがメインです。スタッフは看護師、理学療法士、作業療法士、アロマセラピスト、訪問美容師などですが、介護職の方とも常に連携しており、定期的に各職種が集まり会議も開いています。多くの訪問看護事業所は、介護保険利用の方が多いです。

岩見俊哉さん

――もともと広告会社や銀行のシステム開発の仕事に就いていた岩見さん。20代後半で医療専門学校に入学し、理学療法士の免許を取得されました。理学療法士という職業との出会いは。

広告会社に勤めていた20代のころに父が亡くなり、6年にわたる医療訴訟を経験しました。病院側の管理不足が認められ、最終的には和解となりましたが、この経験を通じて医師や看護師不足など、医療現場の実情を知ったんです。では実際の現場はどうなのだろうと、銀行のシステム会社に勤めながら、病院の介護施設などで1年ほどボランティアも経験しました。これまでの仕事では経験することが少なかった人の思いや価値観に触れる機会が多く、印象に残りました。人の命はもちろん、心と心の関わりに触れるという仕事にやりがいも感じました。

もともと学生時代にバレーボールをやっていて、そのため椎間板(ついかんばん)ヘルニアになって腰痛を抱えてもいたんです。そこでトレーナーや理学療法士と出会い、理学療法士であればスポーツ分野やリハビリ、看護の分野のいずれにも通じるという思いから専門学校に入り直して学ぶことになりました。会社を辞め、3年間学校に通いました。物理や統計など、いままで触れてこなかった教科もあり、かなり大変でしたね(笑)。

僕自身は現在スポーツ分野との関係は少ないのですが、アスリートのケアのためにスポーツ界に進む人もいましたし、逆に選手だった人が理学療法士をめざすケースも。パラスポーツの世界では、事故からのリハビリを通じて理学療法士から競技を勧められた、といった話も聞きますから、スポーツと医療や介護との関係は深いのだと思います。

訪問看護ステーションオムソーリ府中の事務所にて
訪問看護ステーションオムソーリ府中の事務所にて

――本格的に医療業界で仕事を始めてから現在の訪問看護ステーション開設に至るまで、どのような現場を経験されましたか。

専門学校卒業後は新潟、千葉の病院で6年間勤務し、リハビリテーションの流れをひととおり経験。その後、有料老人ホームのホーム長として介護施設の運営に携わりました。当時、介護の現場は従事する人も中高年の女性が中心で、どちらかというと家政婦さんの延長のようなイメージでした。まだ介護保険制度が始まったばかりの頃ですから、介護職とはどのような仕事なのか、介護の専門性や職域も定まっていない時代でした。

利用者に目を向けると、介護施設では集団生活のため、食事をはじめ、自由に活動できる時間、範囲の決まり事など施設内のルールがとても多く厳しい。本人が希望する暮らしがなかなか出来ない状況でした。また自分自身で希望して入所している入所者は少ない、ということも感じました。「本当は家に帰りたいけれど家族に迷惑はかけたくない」という利用者の気持ちを目の当たりにして、その人らしく暮らせる場は、やはり自宅なのだと。住み慣れた地域で自分らしく暮らすためには、どうしたらいいのだろうか、と考えるようになりました。

――そんななかで、北欧スウェーデンの介護の現場を実際に視察することになったのですね。

2014年にスウェーデンとデンマークで老人福祉施設と医療現場を視察する機会に恵まれました。みなさんが笑顔で一人暮らしをしていたことにも驚きました。歴史や文化の違いかもしれませんが、スウェーデンではお年寄りであっても自分の生き方は自分で決めていましたし、子どもや家族に頼りすぎることもない。一方の日本で、どうしても家族の都合が優先されてしまうのは、日本が「和」の文化、社会だからかもしれません。北欧の考え方をそのまま日本に取り入れることは難しいですが、少しずつ変えていけると思っています。例えば、私が「オムソーリ」のスタッフに伝えているのが、「自立を支えるとはどういうことか考える」こと。あくまで介護職、看護職、リハビリ職は専門職。過度なサービスは利用者の出来ることを狭めてしまいます。もちろんいきなり利用者さんに「自分でやってください」と言ってもだめで、利用者との関係を構築しながら、専門職として正しい関わりかたができているかを俯瞰(ふかん)で見る必要がある、とスウェーデンの介護のあり方から感じました。

外部のサロンでスウェディッシュマッサージの指導を行う(岩見さん提供)
外部のサロンでスウェディッシュマッサージの指導を行う(岩見さん提供)

――スウェーデン視察後の2016年にまず立ち上げたのはスウェーデンの伝統的なオイルマッサージを用いた、医療・介護従事者向けのサロン「Familj」でした。

医療や介護の現場はとにかく体力仕事で、体調を崩して離職してしまったり、長く仕事が続かなかったり、という人が多い。病院側や施設側がスタッフの健康まで十分にケア出来ることが理想ですが、どうしても利用者のケアの方が優先されてしまう現状だと思います。業界のことも分かっている僕が、外からサポートできればと始めました。「スウェディッシュマッサージ」は、相手と触れ合うことで施術する側への癒やし効果も高いといわれています。勤務先で患者さんや利用者さんにマッサージしてあげたい、という方への講習も行っています。

外部のサロンでスウェディッシュマッサージの指導を行う(岩見さん提供)
外部のサロンでスウェディッシュマッサージの指導を行う(岩見さん提供)

――介護事業は年々増加。市場が拡大する中で課題となっているのが人材の確保と定着率、「潜在介護福祉士」「潜在看護師」の復職もポイントです。今年設立された「MAST」で岩見さんは、介護事業の経営者に向けたコンサルティングやコーチングをされています。介護事業の今後の可能性、また介護の仕事の魅力をどのようなところに見いだしていますか。

「介護事業は地域のインフラ」だと僕は考えます。地域に根ざした介護事業所があれば、住み慣れた街で最期まで暮らすことが出来ます。街にも互助の精神がもっと育つといいですよね。それに、介護の職域はまだ定まっていない部分も多い。自由に地域のニーズや自分たちならではのサービスを提供できる業界だと思います。利用者のニーズは人それぞれですし、地域ごとに抱える課題も異なります。例えば「オムソーリ」では最近、訪問美容のサービスを始めました。利用者の要望があり、たまたま美容師の資格を持ったスタッフがいたからかなえることが出来たのです。つまり、他の業界で他の事業をやっていた方たちが、自分たちの出来ることを介護の現場に結びつけ、サービスを展開させることも出来るはずです。僕も利用者のニーズに応えながら、地域にあったサービスを提供し、地域と共生できる介護事業所を作っていきたい。同時にそういう人たちの活動のお手伝いが出来たら、と思っています。

オムソーリが受託する介護予防事業の一環で、東京・伊豆諸島の三宅村で開催した介護予防講座(岩見さん提供)
オムソーリが受託する介護予防事業の一環で、東京・伊豆諸島の三宅村で開催した介護予防講座(岩見さん提供)

※看護と介護

介護は、介護福祉士などの福祉職が、利用者に対して食事、排泄、入浴など、自立した生活を送れるよう生活の支援をすること。看護は、看護師などの医療職が、疾患のある利用者に対して主治医の指示に基づいて療養上の世話や診療の補助を行うこと。高齢者の福祉をささえるためには福祉職と医療職の連携が求められる。

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