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嚥下難しくてもフルコース!シェフが守る、高齢者の、みんなの「食べる自由」

青空の下に立つ加藤英二さん(写真提供/加藤英二さん)
青空の下に立つ加藤英二さん(撮影/大仲宏忠)

「どんな人でも食事が楽しめる環境をつくりたい」と話すフレンチシェフの加藤英二さん(50)。経営するフランス料理店「HANZOYA(ハンゾウヤ)」(横浜市港北区、現在改装中)では、飲み込み(嚥下=えんげ)が難しくなった人でも食べられるフルコースを「スラージュ」と名付けて提供し、外食を諦めていた高齢者らの笑顔であふれています。2019年12月には一般社団法人・社会福祉調理師協会を設立し、代表理事に就任。「おいしく、食べやすく、みんなで楽しめる」をモットーに、そうした食の作り手を育成すべく、動き出しました。

加藤英二(かとう・えいじ)

1970年、横浜市生まれ。町田調理師専門学校卒業後、89年から「炭焼ステーキハウス 葡萄(ぶどう)屋」(東京都武蔵野市)に勤務。フランス料理店「ラ・ロシェル南青山」(同港区)を経て、フランスの2つ星店「レストラン・ティベール」にて修業。97年に帰国後、フランス料理店「HANZOYA」に勤め、2001年、同店オーナーシェフに。「HANZOYA」は、はじめ両親が経営していて、もとの店名は祖父の半蔵に由来する「半蔵屋」だった。「食の道ツナギスト」として、「国産国消」や食のフレキシビリティにつながる活動など、食にまつわるさまざまな課題に取り組んでいる。

――「どんな人でも食事が楽しめる環境をつくりたい」という思いを抱くようになったのは、いつからですか。

10年ほど前でしょうか。僕は19歳からフランス料理の世界にいて、正直に言うと、最初はいわゆる「嚥下食」に抵抗がありました。というのも、40歳の時にくも膜下出血で倒れ、手術を受けたことがあり、その時に出された回復食のおかゆがまずくて、まずくて……。単調な味で、ドロドロしていて舌に残るし、「こんなの料理じゃない」と思いました。しかし、ほかに選択肢はなく、出されたものを食べるしかありません。しばらくして、「好きなものを食べていいですよ」と言われた時の開放感たるや、今でも忘れられません。

それから少し経って、ある介護用食品の試食会に行く機会がありました。酵素均浸法という特殊な技術を使っていて、味や形はそのままなのに、箸をつけた瞬間に溶けてしまうほど柔らかいんですよ。例えばステーキにしても、僕たちはあらゆる調理法を使って柔らかくしますが、それでも限界があります。ですから、単純に調理法として興味を持ち、次第に「嚥下食って実は高度な料理なんだ」という意識に変わりました。

さらに、医師や看護師、管理栄養士など、さまざまな人と話す中で、「高齢になると外食ができない」「嚥下食を出すレストランが近所にあれば」という声を多く聞きました。家に引きこもりがちな人でも行く場所ができれば、体を動かし、健康につながります。「レストランに行く」という予定があれば、やる気が出て、生活に張りが出ます。普通の食事が難しくなった人でも食べられる料理を作ることは、外出支援になると考え、2014年から本格的に開発に取り組みました。

「スラージュ」の調理をする加藤英二さん(写真提供/加藤英二さん)
「スラージュ」の調理をする加藤英二さん(撮影/大仲宏忠)

――加藤さんが手がける「スラージュ」は肉や魚など食材の形がしっかり残っているだけでなく、華やかな盛り付けなど、のみ込みが難しくなった人のための「嚥下食」というイメージはありません。

嚥下食や介護食というと、安全面や栄養面に配慮はされているものの、どうしても味気ない印象がありますよね。でも、家族や友人と食事に出かけた時、自分だけそんな料理が出てきたら嫌じゃないですか? 「嚥下食」「介護食」という概念を取り払って、のみ込むことが難しくなっても、周りと同じ食事を楽しめる環境が理想だと考え、16年から「スラージュ」を提供しています。「スラージュ(soulage)」は、フランス語で「優しい」「ほっとする」という意味です。どんな人でも安心して、食事を楽しんで欲しいという思いを込めました。「HANZOYA」は19年12月にいったん閉店しましたが、20年6月をめどにリニューアルオープンを目指しています。

実は、フランス料理のピューレやゼリー、ポタージュ、ムースといった調理法は柔らかくてのど越しがよく、嚥下食に適しているんです。例えば、水のようなサラサラした液体は誤嚥(ごえん)を起こしやすいけど、フランス料理に使われるソースの多くは乳化した、とろっとしたものです。お肉にしても、高温、中温、低温を細かく使い分けて、極限まで柔らかくしています。フランス料理はそのまま、のみ込みが難しくなった人の食事にも応用できるのです。また、季節の花やハーブなどを使った盛り付けも、「誤って食べたら危険」と指摘する人がいますが、周りに見守ってくれる人がいる場合は、あえてそのままにしています。せっかくの外食、味だけでなく、見た目や香りも一緒に楽しんで欲しいという思いからです。

「スラージュ」のメイン(魚の一例) 「功刀鱒(クヌギマス)のオイルバス48℃ ノイリープラットと貝のブールブラン」(写真提供/加藤英二さん)
「スラージュ」のメイン(魚の一例) 「功刀鱒(クヌギマス)のオイルバス48℃ ノイリープラットと貝のブールブラン」(写真提供/一般社団法人・社会福祉調理師協会)

――「スラージュ」の開発にあたる中で、心がけたことはありますか。

医師や管理栄養士、介護福祉士などの専門家と連携することを意識しました。私は、「嚥下食だから」と気を使い過ぎる必要はないと考えますが、誤嚥や窒息など、万が一のことが起こらないよう、正しい知識を身につけることは重要です。何か困った時に相談する一人に、歯科医師で、東京医科歯科大学大学院准教授の戸原玄(はるか)先生がいます。のみ込む力が弱くなると、食べられるものが限られてきますが、戸原先生は「大丈夫、大丈夫」「死なないから」とどんどん許可を出します。もちろん豊富な知識と経験に基づいての判断ですが、そのポジティブさは当事者や介護する家族に光を与えてくれます。誰だって食べたいものを食べたいですからね。

「スラージュ」のメニューを試行錯誤する中で、医師などの医療関係者60~80人に来てもらい、何度か試食会をしました。例えば、アボカドを使った前菜に対しては「ベタベタして、のどに引っかかる」、メインの魚料理には「形が残っているから、食べにくい」など、さまざまな指摘を頂き、その都度改善を重ねていきました。医師の付き添いのもと、その医師の患者さんに食べてもらったこともあります。「嚥下食」と「普通食」の区別をつけたくなかったので、特殊な技術で食材の繊維をつぶさないようにするなど、健常者でも違和感なく、おいしく食べられることも意識しました。ついに信頼している医師の方たちから、「これならお店で出しても問題ない」というお墨付きをもらい、2016年に「スラージュ」の提供を始めました。

「スラージュ」の調理をする加藤英二さん(写真提供/加藤英二さん)
「スラージュ」の調理をする加藤英二さん(写真提供/一般社団法人・社会福祉調理師協会)

――「スラージュ」を食べたお客さんの反応はいかがですか。

ものすごい集中力で召し上がっています。普段は20分しか椅子に座っていられない人が、最終的に3時間かけて食事を楽しんでくれたり、家族にも「久しぶりに何の不安もなく、食事ができました」と喜んでもらえたり。食事の本質的な価値が「喜び」であることを実感する日々です。自宅に戻ってからも、「また食べに行きたいから」と歯磨きやリハビリをがんばるようになったという話もよく聞きます。

戸原先生はよく「患者さんには自由がないんだ」と嘆いていますが、これまで普通の食事をしてきた人が、加齢や病気でそれができなくなった瞬間、「食べる自由」を奪われてしまう。あまりに悲しいと思いませんか? 安心や安全も大切だけど、生きていくためには同じくらい「食べる自由」も必要です。僕はどんな人でも食事が楽しめる環境をつくることで、その自由を守りたい。そのためには同じ思いを持った仲間が必要で、5、6年の経験がある調理師なら誰でもできると思っています。

「スラージュ」のメイン(肉の一例) 「和牛頬肉(2週間)の赤ワイン煮 じゃがいものピュレ添え」(写真提供/加藤英二さん)
「スラージュ」のメイン(肉の一例) 「和牛頬肉(2週間)の赤ワイン煮 じゃがいものピュレ添え」(写真提供/一般社団法人・社会福祉調理師協会)

――仲間を集めるために、具体的にはどのようなことを考えていますか?

2019年12月に一般社団法人・社会福祉調理師協会を設立し、代表理事を務めています。戸原先生が副代表理事で、「Fun(楽しみ)」と「Ease(安心)」を組み合わせた「Funease(ファニーズ=おいしく、食べやすく、みんなで楽しめる)」をモットーに、活動を始めたところです。具体的には、「食」「医療」「介護」のプロフェッショナルを講師に迎えた「Funease Cooks Academy」を、20年6月をめどに開講する予定です。

「誰でもできる」と言いましたが、やっぱりある程度の知識は必要です。「Funease Cooks Academy」ではスタートアップ、ベーシック、アドバンス、エキスパートと4段階にステップアップし、ベーシックとアドバンスでは座学と実習で学び、修了すると資格認定になります。さらに、修了後に1年間の実地経験を積んだ希望者を、インストラクターとして公認します。調理師だけでなく、管理栄養士や介護福祉士、在宅で料理を作る家族など、プロ・アマ問わず、どなたでも自分の目的に合わせて受講できるのが特徴で、アドバンスまで終えると、お店で提供できるレベルです。また、「資格の質」を維持するため、3年ごとの更新制にしていて、その度、知識や技術をアップデートしてもらいたいと思っています。

町田調理師専門学校での特別講義の様子。加藤さんが「フランス料理の調理法は嚥下(えんげ)食にも活用できる」と説明すると、学生らは熱心に聴き入っていた(写真提供/加藤英二さん)
町田調理師専門学校での特別講義の様子。加藤さんが「フランス料理の調理法は嚥下(えんげ)食にも活用できる」と説明すると、学生らは熱心に聴き入っていた(写真提供/一般社団法人・社会福祉調理師協会)

――人材育成のほか、どんなことが必要だと考えますか。

極端な話、ビジネスになるかどうか。例えば、フランス料理の調理場は大勢のスタッフによる分業制なので、多少手間がかかる料理にも対応できます。でも、2、3人で切り盛りしている喫茶店などでは難しいでしょう。だから、まずは比較的高価格帯のフレンチや和食、中華などのシェフが率先して取り組むことで、社会全体が「普通の食事が難しくても、外食できる」という意識に変わっていくことを期待します。すると次第に、嚥下食や介護食に対応した商材が出てくるなど、低価格帯や人手の少ない飲食店でも提供できるようになるかもしれません。

逆に、このままでは外食産業は確実に落ち込みます。今、いわゆる高級店からファミリーレストランまで、主力のお客さんは高齢者です。こういった人たちが食べることが難しくなり、来られなくなったら、飲食店は潰れてしまいます。だから、飲食店にはどんな人でも楽しめる食事を提供することが急務です。遠い未来の話ではなく、5年、10年で必ずそうなりますよ。僕の経営する「HANZOYA」はこれまでレストランウェディングに軸を置いてきましたが、2019年12月に一度閉店。近くに場所を移し、バリアフリーなども整え、同じ「HANZOYA」という名前で、20年6月をめどに再びオープン予定です。もちろん、引き続き「スラージュ」のような誰にでも楽しんで頂ける料理を提供します。これからも、どんな人でも食事が楽しめる環境をつくるため、走り続けます。

「どんな人でも食事が楽しめる環境をつくりたい」と話す加藤英二さん
「どんな人でも食事が楽しめる環境をつくりたい」と話す加藤英二さん(撮影/永井美帆)

一般社団法人・社会福祉調理師協会(Funease Cooks Port)の準備情報は、こちら
公式サイトは2020年4月末完成予定。

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