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編集長インタビュー

辛いことばかり考えると、結局、幸せになる?作家・久坂部羊さんに聞く2

認知症と介護をテーマにした小説「老父よ、帰れ」を8月に刊行した、医師で作家の久坂部羊さん。人生100年時代、認知症とどのように向き合っていくべきか、なかまぁるの冨岡史穂編集長がうかがいました。(前回のお話(1)はこちら

久坂部羊さんと冨岡史穂編集長

冨岡史穂(以下、冨岡) 認知症の人が400万人以上とも言われる中、私たちが今から準備しておくべきことはありますか?

久坂部羊(以下、久坂部) どんどん死ねない時代になってきてね。人生100年時代とか、大変ですよ。ずっと元気なままならいいけど、体の機能や能力は当然低下していくわけですから、本人は苦しいはずです。私なら、うまく認知症にでもなってくれればいいと思いますけどね(笑)。認知症になれば、老いることや死に対する恐怖は消えますから。逆に若い時から一生懸命脳トレして、きちんと健康管理もして、100歳近くになっても元気そのものっていう人もいますけど、しんどいと思いますよ。体がどんどん言うことをきかなくなり、周りに迷惑をかけているのが分かってて、何も出来ないんですから。

最悪の事態をイメージして心の準備

冨岡 死ぬことが怖くなくなるから、「認知症は神様の贈りもの」と言う人もいますね。久坂部先生は自分が認知症になったときに備え、何かしていますか?

久坂部羊さん

久坂部 何もしていません。なるようになる。そして、何が起こっても受け入れる。そのために、普段からつらいことばかり考えていますよ。いつ妻や子供に先立たれるかもしれないし、難病になって体が動かなくなったり、苦しみながらの最後になったりするかもしれない。先のことは誰にも分からないからこそ、今を頑張っているんです。悪いことを考えるのはネガティブなことではなくて、心の準備。危機管理です。

冨岡 最悪のことをイメージしておけば、今の状況が幸せに感じますよね。

久坂部 私は文系脳なんです。たいていの医師は治療成績やデータ的なことに関心がありますが、私が外科医をやっているときは患者さんが病気をどのように受け止めるかとか、死に向き合う気持ちとか、心理的な部分に目が向いていました。外務省の医務官として赴任した国のひとつにパプアニューギニアがありますが、地元の人は本当におおらかですよ。血圧を測ったこともないし、発がん性物質を心配している人もいない。その代わりに平均寿命は50歳くらいですが、認知症の人もいないし、介護も必要ないっていう側面もあります。

冨岡 医療や文明が進むことで新しい悩みが生まれるんですね。

冨岡史穂編集長

久坂部 生きることに対する期待値が上がりますからね。今の時代、我慢したり、諦めたりすることが減っているでしょう。昔なら「しゃあないやん」で済んでいたものが、今はどこかで誰かが助かると、「じゃあ、こっちも!」ってなる。救いの手が行き渡らないと、みんなが不平不満を口にする。どれだけ医療や文明が進化しても医療や災害の現場には、ある種の犠牲や致し方ない不幸が依然として存在します。そういうつらい現実を受け入れる気持ちを持つと、随分楽に生きられますよ。

介護は有限 必ず不足する

冨岡 あと数年で、認知症の人が1千万人いる社会が訪れると言われています。社会全体で考えると、どのようになっていくのが理想でしょうか?

久坂部 社会も個人も同じで、現状を受け入れる覚悟を持つこと。介護というのは資源であり、有限なんです。均等に分配すると必ず不足して、十分な介護が受けられなくなる。例えば、夜間や休日には誰も来てくれなくなるかもしれません。でも、それを受け入れるしかない。理想を言うのも大切ですが、現実はとても追いつきません。すると、社会全体に不平不満があふれます。患者さんの中で上手に介護を行っている家族を見ていると、やっぱり辛抱強いですよ。「こんなもんか」って受け入れ、うまく暮らしています。

久坂部羊さん

冨岡 「なくて当然」と構えていれば、何かしてもらった時に感謝の気持ちが倍になりますよね。「老父よ、帰れ」は認知症がテーマでしたが、次回作の構想はありますか?

久坂部 ようやく書き終わったところなんですが、安楽死、延命治療をテーマにした長編です。川崎協同病院事件ってご存じですか? 意識不明になった患者さんの気管内チューブを主治医が抜き、筋弛緩(しかん)剤を使った結果、患者さんが亡くなってしまったという1998年に起こった事件です。この主治医は4年後に逮捕され、2009年に殺人罪で有罪が確定しました。命をどこまで延ばすのがいいのか、患者さんの家族と医師の関係、いろんなことが複雑に絡み合っていて、ひどい事件だったと思います。これをモデルにさせてもらって、背景に渦巻く人間関係も加えてね、来年には発売されると思います。

冨岡 次回作も楽しみにしています。ありがとうございました。

久坂部羊さんインタビュー(1)はこちら

久坂部羊(くさかべ・よう)
1955年、大阪府生まれ。大阪大学医学部卒。20代で同人誌「VIKING」に参加。外務省の医務官として9年間の海外勤務経て、高齢者を対象にした在宅訪問診療に従事。2003年、高齢者のまひした四肢を切り落とす医師が登場する「廃用身」で作家デビュー。14年、「悪医」で第3回日本医療小説大賞受賞。その他の著書に「糾弾 まず石を投げよ」「院長選挙」「テロリストの処方」など多数。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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