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編集長インタビュー

認知症「治したい」家族は介護を失敗する 作家・久坂部羊さんに聞く1

認知症の父の在宅介護について、ユーモラスにつづった小説『老父よ、帰れ』を8月に刊行した医師で作家の久坂部羊さん。医師として高齢者医療に携わり、自身も父親を介護した経験を持つ久坂部さんに、小説に込めた思いや認知症の人と向き合う上でのヒントを、なかまぁるの冨岡史穂編集長が聞きました。

久坂部羊さんと冨岡史穂編集長

冨岡史穂(以下、冨岡) 前作『老乱』に続いて、今作『老父よ、帰れ』も認知症と介護がテーマです。再び認知症をテーマに選んだのはなぜですか?

久坂部羊(以下、久坂部) 『老乱』を発表した後、担当の編集者から「これからの時代に重要な問題だから、認知症でもう1作書きましょう」と言われたんです。そこで、エリート会社員の息子が父親を施設から連れ戻し、しっかりと計画を立てて介護しようとするんだけど、うまくいかずに振り回されるっていう状況を思いつきました。逆に言うと、それだけしか決めずに連載を始めたものだから、毎回ネタを絞り出すのが大変でしたよ。

冨岡 とてもリアリティーのある作品だったので、綿密に構成を考えた上で取りかかっていると思っていました。

久坂部 最初からゴールを決めて、それに向かって書くと、どうしても予定調和的になりますから。この先何が起こるのか、自分でも分からないくらいがいいんです。ストーリーを考えるのは、たいてい趣味のランニングをしながらですね。小説を書くのって、化石を掘り起こすような作業だと思います。どこに埋まっているか分からない骨を探し出して、頭の骨が出たところでタイトルが決まる。だんだんと細かい骨が現れ、途中でいらない泥を落としながら、最終的に骨格が完成します。

いい介護を受けたかったら いい親に

冨岡 前作は認知症の父と息子夫婦という二つの視点から描かれていましたが、今作の『老父よ、帰れ』は介護する息子の目線からつづられています。この「息子介護」というのも、現代社会をよく表していると感じました。

久坂部羊さんと冨岡史穂編集長

久坂部 これは私自身の経験も入っているんですよ。自宅で父親をみとったんですが、最後は認知症にもなりました。すごくいい父親だったんですよ。物事を大きなスケールで捉える人で、若い頃から自由にさせてもらったし、もう感謝しかありません。便の処理をするのも嫌な気持ちはなく、むしろ自分が面倒を見られる環境にあるのがありがたかったですね。だから、私も患者さんによく言うてますよ。「いい介護を受けたかったら、いい親にならんとあきませんよ」って。

「治そう」と思わないで

冨岡 素敵なお父様だったんですね。小説に登場する認知症専門医の宗田先生もとても印象的な医師ですね。

久坂部 宗田先生にはモデルがいるんですよ。私が教えている大学で同僚だった松本一生先生(大阪市の松本診療所院長)という、とても信頼している医師です。松本先生はね、私と一緒で「認知症は予防も治療もできません」「治そうと思わないでください」という姿勢なんです。これまで認知症の介護で失敗している家族をたくさん見てきました。その原因は何かって言うと、「治したい」っていう気持ちを持っていたからなんですよ。

冨岡 「治したい」と思うのは、介護する側のエゴなんでしょうか?

久坂部羊さんと冨岡史穂編集長

久坂部 家族だったら当たり前の感情なんですけどね。これは、専門家やメディアが「認知症は治りません」と、はっきり言ってこなかったことにも責任があると思いますよ。これまでに認知症が治った人は一人もいませんし、今は治す薬もありません。「治る」と言えば、認知症で悩む人にとっては希望になるかもしれませんが、「うその希望と嫌な真実、どっちがいいんですか?」という話です。専門家は自分の研究の成果を良く見せたいし、メディアは悪い話を書きたがらない。だから、世の中に真実が広まらず、それによって苦しむ患者さんや家族が出て来てしまうんです。

敬意と感謝の気持ちを持って接する

冨岡 「認知症は予防できないし、治らない」と聞くと、「じゃあ、医療に出来ることって何があるの?」と思ってしまいますが……。

久坂部 ものは考えようです。「治したい」とか「昔の自分に戻りたい」ということに執着せず、もっと柔軟に。だって、認知症になっても今すぐ全部忘れてしまうわけではないし、今すぐ死ぬわけではありませんから。ひとりの人間として敬意と感謝の気持ちを持って接すれば、きっと本人にも伝わります。すると表情が明るくなったり、問題行動が少なくなったり、介護もうまくいくようになるんじゃないかな。

久坂部羊さんと冨岡史穂編集長

冨岡 小説に出てくる宗田先生も希望を持たせるようなことは言わないけど、認知症や父親とどのように向き合えば良いのかというヒントを与えてくれます。久坂部先生が感じていること、現場では言いにくいことを託しているのでしょうか?

久坂部 そうですね。小説家としては邪道かもしれませんが、私の作品は「情報小説」という意味合いが強いかな。もちろん、小説家として文学的な快感とか感動を伝えたいと思っているんですけど、物語を通じて現状を知り、参考にもなる。私の小説にはそういう側面もあると思っています。

久坂部羊さんインタビュー(2)に続きます

久坂部羊(くさかべ・よう)
1955年、大阪府生まれ。大阪大学医学部卒。20代で同人誌「VIKING」に参加。外務省の医務官として9年間の海外勤務経て、高齢者を対象にした在宅訪問診療に従事。2003年、高齢者のまひした四肢を切り落とす医師が登場する「廃用身」で作家デビュー。14年、「悪医」で第3回日本医療小説大賞受賞。その他の著書に「糾弾 まず石を投げよ」「院長選挙」「テロリストの処方」など多数。
冨岡史穂(とみおか・しほ)
なかまぁる編集長。1974年生まれ。99年朝日新聞社入社。宇都宮、長野での記者「修行」を経て、04年から主に基礎科学、医療分野を取材。朝刊連載「患者を生きる」などを担当した。気がつけばヒマラヤ山脈、なぜか炎天の離島と、体力系の取材経験もわりと多い。

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