ペコロスの母は認知症 忘れてしまっても楽しいかも 藤田弓子さん対談1
取材/古谷ゆう子 撮影/家老芳美
認知症の母と家族との実際にあったエピソードを、かわいらしいタッチで描いたベストセラー漫画『ペコロスの母に会いに行く』。その人気から映画化や舞台化もされています。今回で4度目となった舞台は、初回から厚生労働省推薦作品に。原作者でペコロスのモデル岡野雄一さんを前にして「お会いしたときは頭をなでるの(笑)」と、言葉どおりにそのペコロスをぺちぺちするのは、母役として舞台の主役を務める藤田弓子さん。お二人に作品に対する思いを聞きました。今回は前編です。
――舞台「ペコロスの母に会いに行く」の上演がスタートしたのが2016年。その時、藤田さん演じる、岡野さんのお母様みつえさんがどんな方だったか、お二人でお話はされたのですか。
藤田弓子(以下藤田) 漫画は見せていただきましたけれど、漫画をそのまま舞台にするのとは少し違うのでね。お母様に近づける、というよりは、認知症、そして親子の関係という、岡野さんがおっしゃりたいことがどうすればより伝わるようになるか、を考えました。「似せよう」という気持ちはなかったですね。でも舞台の後お会いしたら、「雰囲気が母に似ている」と言ってくださって。
岡野雄一(以下岡野) そうなんです。僕の藤田さんに対するイメージは、昔は“ちょっと年上のお姉さん”という感じで、決して“母親”ではなかったんです。ですが初めて舞台を拝見したときに、「そっくりだな」と思いました。そのそっくりが何かというと、ちょっとコロコロされているところかな。僕が若い頃の母の雰囲気をそのまま持たれていたので、びっくりしました。
藤田 顔のつくりが似ているんですよね。目が丸くて、鼻が短めで。似ているんですよ、じつは(笑)。
岡野 そうかもしれません(笑)。漫画の描き方としては、僕も母も基本的に一緒なんです。母の方は髪の毛を描いて、ほうれい線を描いて、おわり。僕の方は髪の毛ではなく、メガネを描き加える。
藤田 二回目の舞台から原作に近づけた脚本になったのですが、原作から脚本にするのはなかなか難しかったと思います。特に物語のテーマである「忘れることも悪いことではないかもしれない」という部分をどのように描くか。そして、自分がそうなったときはどう生きて行くのか、というところですね。
各シーンのラストでは、まるで映画のワンシーンのように、私の顔がアップになるんです。私にライトが当たり、顔だけを映すのですが、そこは観客の皆さんにもすごく印象に残ると思うので、思いきりいい笑顔を見せるようにしています。物語のなかでは色々大変なことが起こっても、思いきり笑うことで「お母さん、色々忘れてしまっても楽しいのかもしれない」と思ってもらえるようにしています。
岡野 終わったときの印象がとにかく明るいんですよね。ミュージカルの要素もあるし、面白いとしか言いようがない。僕の漫画も悲惨なところはなるべく描かないようにしています。「漫画だし」と割り切っている部分はありますね。あまり意識はしていなかったのですが、いまの藤田さんのお話を伺って、自分が考えていたことをもっと拡大してくださっていたんだ、ということがよくわかりました。
――認知症に対してどのようなイメージを持たれていましたか。
藤田 身内にいなかったこともあり、認知症当事者の方にお会いしたことはほとんどなかったんです。
ただ、私がすごく親しくしていた知人のお母様が認知症になられて。先にその知人が亡くなってしまったのですが、彼のお葬式の時の光景はいまでも覚えています。亡くなった自分の息子の写真を見て「いい男ねー」、「私、こういう顔好みよ」って少女みたいな顔をして……。周囲はその様子を見て泣いてしまうのですが、ご本人は陽気で楽しそうで。その姿を見て、「息子さんが生きている間、家族はみな本当に仲良かったんだろうな」と感じたんです。その思い出とともに幸せに暮らしていっらっしゃったのかもしれない、と初めて感じました。
岡野 認知症には“不穏の症状”というのが必ずついてまわるので、いま藤田さんがおっしゃったのは不穏の症状が出る時間とは違う、一番いい時間なのかもしれませんね。
藤田 そうじゃない時間がね、大変なんですよね、きっと。
岡野 僕の場合は、おふくろが施設に入ったとき「みつえさんはいま、この時間は天使のようになるけれど、夜来てみなさい。泣き叫んで悪魔のようだ」と周囲の人たちに言われたんです。僕も夜に行ったことがありますし、そういう部分を目にしたこともあります。色々な症状があるというのが現実だと思いますが、それら全部を含めて明るい雰囲気にしている感じが、舞台を見ていていいな、と思いました。
藤田 そうですよね。身内だけでなくて、面倒をみてくださるプロの方々の心構えになる部分はありますね。大変だと思いますけれど、でも人はそうやって支えられていく。
岡野 僕は母が亡くなってから、いまだに「あれで良かったのか、どうだったんだろう」って考えているんです。施設にあずけたこともそうです。何が正解かは分からないですよね。それも含めて介護かな、という気がします。
藤田 舞台は若い方も観に来てくださっていますが、できれば家族で観ていただきたいですね。最初は介護なんて受け入れられないかもしれません。でも、自分たちだって年を取っていくわけですよね。早いうちから一緒に、みんなで考えていかないと。
当事者の方は、認知症になってからまた新しい人間関係を構築していかなければならない。そのときに、本当の意味で人に好かれることができるかどうか。私自身、その見本として先に舞台を観ているような感覚です。お手本の一つとして「これはいいな」と思いました。
- 藤田弓子(ふじた・ゆみこ)
- 俳優。1968年のNHK連続テレビ小説「あしたこそ」でヒロインデビュー。テレビ、映画、舞台のほか、講演など多方面で活躍中。伊豆地域全体の芸術文化振興を目的として設立した伊豆の国市付属劇団「いず夢」の座長としても地域に貢献している。
- 岡野雄一(おかの・ゆういち)
- 漫画家。1950年長崎生まれ。漫画雑誌の編集者を経て漫画家に。認知症になった実母を主人公に、自身や家族をモデルにした漫画「ペコロスの母に会いに行く」がベストセラーになると、テレビドラマ化、映画化、舞台化などが相次いだ。シンガーソングライターとしても活躍中。