もめない介護

微熱をおして、車椅子で。ついに叶った認知症の義父の墓参り もめない介護30

コスガ聡一 撮影

「お父さま、熱が上がってきたようで明日の外出は難しいかもしれません」

義父母が入所している有料老人ホームからそんな電話がかかってきたのは、お墓参りの前日のことです。第28回のコラムでもお伝えしましたが、義父母にとって、お墓参りは一大イベント。とりわけ、義父はお墓参りへの情熱が年々パワーアップしているように見えます。

義父の体調も心配ですが、かといって、ここで勝手に「体調不良につき、延期」と決めると、ほどなく「お墓に行きます」「お迎えはいつですか?」と義父から催促の電話がかかってくるに違いありません。

しかも、認知症の人にとって急な予定変更は苦手なことのひとつでもあります。夫とも相談し、「とにかく約束した時間に、顔を出そう」と決め、施設にもそう伝えました。

そして迎えた、お墓参り当日の朝。レンタカーを借り、施設に向かいました。職員さんの話では、今朝の義父の体温は37.1度の微熱。なんとも微妙な数字です。行こうと思えば、行けるかもしれないけど、ここで無理をすると帰ってきてから、さらに高熱が出ることも考えられます。うーん……。

「さあ、墓参に行こう!」

施設の職員さんたちとも相談し、ダメ元で義父に延期を打診してみようという話になりました。しかし、義父母の部屋があるフロアに上がると、義父は布団をしっかりかぶって就寝中。義母は、ほかの利用者さんと一緒に朝の体操に励んでいて、とても相談できる状態ではありません。

ひとまず、義母の体操が終わるのを待つことに。ところが、いままさに体操タイムが終わらんとするそのとき、義父の部屋のドアがするすると開き、中から車椅子に乗った義父が颯爽と現れたのです。さっきまでグースカ寝ていたとは思えない、しゃんとした様子で「さあ、墓参(ぼさん)に行こう!」と宣言。

義母が「無理しないほうがいいんじゃない?」「またお熱が上がるわよ」などと引き留めようとしても義父は聞く耳を持ちません。「行かないのか? 私は行くよ」とキッパリ。かといって、熱があることをまったく理解していないかというと、そうではなく、「微熱はあるけれど、この程度は熱があるうちには入らん」なんて言うのです。

こうなったら、腹をくくって墓参りに行こう。様子を見ながら移動し、途中で具合が悪くなったら、すぐ引き返そう。でも、そう伝えると、義父は「自分の体調のことは、自分がいちばんよくわかっていますから!」とニッコリ。ホントかなあ……。

一歩一歩、大地を踏みしめながら、墓石の前まで歩く義父

「お墓参りに行くっていっても、なにも準備してないの」
「大丈夫です。お掃除の道具もぜんぶ持ってきましたよ」
「だって、あなた、お金を1円も持っていないのよ」
「大丈夫です。今日は“お付きの者”が一緒ですから、お任せください」

慌てふためきはじめた義母をなだめたり、笑わせたりしながら、出発進行! 車椅子の義父と家族だけで外出するのは、このときが初めてでした。施設を出るときは、職員さんが車椅子からレンタカーの後部座席への移動を手伝ってくれましたが、お墓参りのときや昼食時は自分たちで何とかしなくてはなりません。万が一、転倒させてしまったら……と思うと、胃の奥がキュッと痛くなります。

幸い、移動のほとんどは車の中なので、気を付けなくてはいけないのはお墓参りの最中と、昼食のとき。あとはトイレの介助が少々心配でしたが、義父は「行く前に済ませてきたから大丈夫」と泰然自若の構えです。

お墓がある市民霊園では、それぞれのお墓の近くまで舗装された道路があり、そこから先は芝生エリアになっていました。義父は道路脇でいったん車椅子を降り、お墓の前までは自分の足で歩きました。横で誰かが支えていなければ、よろよろと崩れ落ちてしまいかねない状態でしたが、それでも一歩一歩、大地を踏みしめて歩いたのです。

生きる気力につながる、亡き娘たちとの時間

義父がゆっくりゆっくり歩いている間も、義母は元気いっぱい。私が100円ショップで調達したシューズ用ブラシで、熱心にお墓をこすったり、草むしりをしたり。
「真奈美さん、近くにトイレってあるかしら?」と突然言われ、大あわてで車に乗ってもらい、公衆トイレに直行するというハプニングはありつつも、愉快なお墓参りとなりました。

あっちの草をむしり、こっちの草をむしり……と、気まぐれさを発揮する義母の背中に、「ありがとう」と何度も声をかける義父。義母はニコニコしながら、「このあたりで勘弁してくれる? あらそう、ダメなの。もうちょっとキレイにしてほしいのね」とお墓に話しかけていました。お墓の中には義父母より先に亡くなった娘たちが眠っています。

義父が体調不良もなんのその、なりふり構わず、お墓参りを希望したのは、娘たちに会いたい一心だったのかもしれません。なんとも不思議な家族団らんの光景を少し離れた場所から見守りながら、「生きる気力につながるなら、お墓参りを年4回に増やしてもいいね」などと、夫と笑い合ったのでした。

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