「まちがえちゃったらごめんね」認知症の人たちが働き、地域の人をもてなす店
取材/秋山晴康
料理店を舞台に認知症の人が働き、地域の人たちを受け入れて交流するという取り組みがすこしずつ広がっています。5月26日には、認知症の人がフロアスタッフとして奮闘する1日限定の定食屋さん「定食屋きまぐれ」が、江戸川区東小松川のデイサービス「SOMPOケア ハッピーデイズ船堀」でオープンしました。
SOMPOケア認知症プロジェクト推進部リーダーの尾田淳さんが、「注文をまちがえる料理店」(小国士朗著、あさ出版)を読んで感動し、自分たちもやってみようと仲間を募ったところ、出張歯科四つ木(東京都葛飾区)の院長池川裕子さん、全国認知症ケア実践者ネットワークLink東京代表の木村誠さん、看護師や地域包括支援センターの相談員が応じ、その後、専門職のほかに共感してくれた方たちが参加して実現したといいます。「会社として参画すると、それで方向性が決まったり、会社のルールにのっとったりと煩わしいことがあるので、有志が集まって企画しました」と、主催者の尾田さん。SOMPOケア施設を会場として使用していますが、運営は尾田さんたちがボランティアで参加し、認知症のスタッフさんは、江戸川区内の在宅で暮らしている人や有料老人ホームに入居されている人たちです。
今回、フロアで配膳係として働く認知症のスタッフさんは10人。午前の部と午後の部に分かれ、お客を迎えます。料金は、定食にドリンク、デザートがついて1人2,000円。食事は、とろアジフライ定食、サバのやさしい味噌煮定食、まろやか生姜焼き定食の3種類で、ドリンクはコーヒー、紅茶、抹茶の、こちらも3種類です。
「2月に1日プレオープンしたのですが、当初は介護職や看護師らは黒子として認知症の方から3~5メートル離れて見守ろうといっていたにもかかわらず、実際は横に付き添うなど手助けをしてしまいました」。その反省点を、本格オープンに生かすよう心がけたと尾田さんはいいます。
また、プレオープン時の「もっと認知症の方と話したかった」というお客からの要望を受けて、テーブルには認知症スタッフさんが座れる席が設けられていました。お客の一人にまぜてもらった、なかまぁる編集部のテーブルには、朝倉かよ子さん(79)が来てくれました。定食の食器の配置を見て、「この置き方はどうでしょうかねえ。ご飯はこちら、料理はここで……」と、手際よく並べ替えてくれました。
かよ子さんは、介護の仕事を長くしてきたそうです。つらかったことは?と尋ねると、「楽しい思い出ばかり。いつも仕事に感謝してました」と、やさしい笑顔で答えてくれました。
「まちがえる」ではなく、「まちがえちゃったらごめんね」
「お水、どう?」
「お代わり、どう?」
食事をするお客に、そう問いかける配膳スタッフさんの声が響きます。
ご飯の量は、普通盛り、大盛り、昔話盛りの3種類があり、「普通で頼んだら大盛りで来た」、あるいは「定食を運ぶテーブルを間違えてしまった」といったこともありましたが、それもご愛敬で、「ごめんなさいね」「いえ、大丈夫ですよ」と、逆に会話が弾みます。
「プレオープンのときは、15分ほどしかインターバルを取らなかったため、認知症の方の一人が緊張感からか嘔吐、下痢を訴えました。だから、今回は休憩と水分補給に特に注意しました」と、出張歯科医の池川さんは無事に終えた感想を語ります。
こうした取り組みについて、「認知症の人をさらし者にしている」と批判する声もあります。尾田さんは「いろんな価値観があるとは思います。でも、認知症の方もみんな一緒ですよねということを地域の方たちに知ってもらえたらいいです」。
「地域の中で、認知症のある方とともに、楽しく生きる!!」ことを目指した「定食屋きまぐれ」では、「注文をまちがえる」ではなく、「注文をまちがえちゃったらごめんね」と、うたっています。
「定食屋きまぐれ」は、この日だけでは終わらず、6月22日、23日にも、地下鉄東西線葛西駅そばの一戸建ての多目的レンタルスペース「葛西スペース」で開かれました。「葛西スペース」ディレクターの赤松武子さんは、「定食屋きまぐれさんが『注文をまちがえる料理店』のまいた種を拾って開催したように、私たちも定食屋きまぐれさんが撒いてくれた種を拾って開催します。私たちのアイデアを押し付けるのではなく、みんなのいる、みんなそれぞれの時間を楽しめる空間を提供したい」と話していました。