仲間の「飲みに行こうよ」が動かした心。今宵も、誰でも居酒屋で
取材/朝日新聞編集委員 清川卓史
認知症の人も、そうでない人も、飲み仲間として語り合える。そんな飲み会が「誰でも居酒屋」だ。東京・池袋周辺で月1回。会費は3千円、お酒は2~3杯まで。小ぶりの飲食店を貸し切りで、という日が多い。いろんな人が顔をだして、結構繁盛している。今回は、飲み仲間たちの話。
認知症の飲み仲間たち
「こうして笑顔で話すことで、普通の自分でいられる」
缶ビールを手に雑談していたとき、ひろゆきさん(53)がつぶやいた。ひろゆきさんは認知症の本人で、アパートで一人暮らしをしている。
「誰でも居酒屋」にくれば飲み仲間に会える。
誰でも居酒屋に参加するようになって、「楽しさ」って大事なことだなと、私は思うようになった。
ひろゆきさんから、昨年夏のあるエピソードを教えてもらった。
当時、ひろゆきさんはある事情があって、自宅にかなりの期間ひきこもっていた。ちょうどその頃、経済的なことなど、いくつか問題も生じていた。
ひげもそらず、体重は10㌔以上落ちた。電話にも出られなくなり、「誰でも居酒屋」も続けて欠席した。
「誰でも居酒屋」の幹事役、保健師の水野隆史さんら飲み仲間たちは心配し、ある日、数人でひろゆきさんの家を訪ねようとした。そのとき、たまたま銀行に行こうとしていたひろゆきさんとばったり出会った。
「元気でよかった」
「みんな心配してたんだよ」
「飲みに行こうよ」
ひろゆきさんの肩に手をかけ、声をかけた水野さんの目には涙が浮かんでいた。そのまま、みなで一緒に近所の居酒屋へ。ひろゆきさんは再び「つながり」を取り戻した。
「飲みに行こうよ」
そのとき、それ以外の言葉で、ひろゆきさんの心を動かすことができただろうか。