ごはん当番ひろちゃん奮闘中。一人暮らしで認知症の仲間は団地のどこかに
取材/朝日新聞編集委員 清川卓史
認知症の人も、そうでない人も、飲み仲間として語り合える。そんな飲み会が「誰でも居酒屋」だ。東京・池袋周辺で月1回。会費は3千円、お酒は2~3杯まで。小ぶりの飲食店を貸し切りで、という日が多い。いろんな人が顔をだして、結構繁盛している。今回は、常連さんの1人が、認知症になってから始めたボランティアの話。
認知症になって始めたボランティア
「認知症だからって、何もできないわけじゃない」
「誰でも居酒屋」の常連、ひろゆきさん(53)は、飲みながら時々そんなことを言う。認知症と診断されて会社を辞め、いまは一人暮らしをしている。
ひろゆきさんは今、地元にある東京・板橋区の大規模団地「高島平団地」で、ある地域活動に参加している。
活動場所は、団地の空き店舗スペースを改修した「地域リビングプラスワン」。
高齢化が進む団地で、住民たちが交代でごはんをつくったり、得意なことを互いに教え合ったりしながら、新たな人のつながりをつくろうという実践だ。
ほぼ毎日オープンしていて、乳幼児から高齢者まで、多くの住民が訪れる。
ひろゆきさんは月2~4回、お昼の「ごはん当番」を任されている。
得意な料理の腕をいかしたボランティア。
地域リビングプラスワンを運営するNPO代表の井上温子さんとあるイベントで出会い、「ご飯つくるのが好きならやってみませんか」と声をかけられたのがきっかけだ。
その日の「ごはん当番」とメニューは掲示され、事前に発表される。その料理が食べたくて、わざわざ足を運ぶ人もいる。ボランティアといっても手は抜けない。
昨年12月、ひろゆきさんがお昼の「ごはん当番」のある日。地域リビングに私もおじゃまさせてもらった。台所には、メインごはん当番のひろゆきさんと、サポーターの女性が2人。
この日のお昼は「ひろちゃんの筑前煮定食」。ひろゆきさんは、地域リビングでは「ひろちゃん」という愛称で呼ばれている。メニュー考案、食材買い出し、そして調理まで、すべてひろゆきさんに任されている。
この日パートナーとして調理補助を担当した女性「まっちゃん」のひろゆきさん評は「温和」。「一緒に働くには温和が一番です」
お昼時になると、年配の男女数人が次々と地域リビングを訪れた。
「冷たいお茶と温かいお茶、どちらがいいですか?」
お盆で定食を運びながら、ひろゆきさんが声をかけてまわる。
ある女性が「カブが(大きくて)かじれないのよ」と言ったので、ひろゆきさんはカブを包丁で細かく切り分けて出し直す。
「おしゃべりできるのが楽しみ、ひとりぼっちだからさ。あ、きょうは『ひろちゃん』の日だってわかると、自然に足が向く」
「私ね、どこで食べても、1人で食べる食事はおいしくないってわかったの」
「おいしいから来るんですよ、おいしくなかったら来ません」
食事をする女性たちから、そんな会話が聞こえてくる。
地域リビングの常連だという男性は、食事を終えると「ひろちゃん、おいしかった。品のいい味ですよ」と声をかけ、帰って行った。
ときには、食事をする人たちが「認知症にはなりたくないね」と話し合う声がひろゆきさんの耳に入る日もある。そんなとき、ひろゆきさんはとりあえず聞き流すことにしている。
巨大団地のなかには、自分と同じような一人暮らしの認知症の人が数多く暮らしている。ひろゆきさんはそれを意識している。
「一人暮らしで認知症の症状がでているのに、わからなくて暮らしている人もいると思う。やっぱり見守りが大事なのかな」
「ひろちゃんの天津飯定食」「ひろちゃんの大阪風お好み焼き定食」「ひろちゃんのオムライス定食」……。定食のレパートリーはすでに10種類以上。
これからも、きっと増えていく。