専門家に聞いた、認知症の人と家族が災害前に準備したい3つのこと
構成/岡見理沙
地震や水害などの自然災害は、急激な環境の変化が苦手な認知症の人に、大変なストレスをもたらします。災害に備え、認知症の人やその家族たちは、日頃からどんなことを準備すればいいのでしょうか。避難所で認知症の人を支えるためのガイドを作成した認知症介護研究・研修東京センターの永田久美子研究部長に、「災害前に準備してほしいもの」を聞きました。
1.名刺代わりの「ヘルプカード」
災害は起きる前の備えが肝心です。災害対策は、日常の暮らしの安全を保つためにも役立つことがたくさんあります。防災を特別なことにせず、ふだんからの「あたりまえ」にしましょう。
まず準備したいのが、ヘルプカード。外見からは障害が分かりにくい人や、助けてと上手く周りに伝えられない人が、これを示して周りの支援を得られやすくするために持ち歩くものです。自治体などが独自に作っているところもあります。
認知症のあるなしに関わらず、高齢になったら外出時に携行するように習慣づけておくと、いざという場合に役立ちます。
ヘルプカードの表には、カードを示した時に周りの人に一目で伝わるように、「助けてほしい」ということをシンプルに書いておきましょう。
認知症であることを書いておくかどうかは、本人次第です。見た相手に「助けて」と伝わればいいので、本人が望まない場合は書かずに。
裏には、名前や住所、電話番号などの連絡先、「どういう状態なので、こんなことを助けてほしい」などの内容を書いておきましょう。
ぱっと見では認知症は分かりにくいですし、認知症の人は困った時に言葉が出にくくなることが多いです。ヘルプカードを見せたり、所持できていると、周囲の人に本人の状況が伝わり、思っている以上にやさしい対応をしてくれる人が多いです。その後の支援や連絡がスムーズになり、安全確保のための重要な一手です。
災害時は本人だけでなく家族もあわてて電話番号や住所を思い出せないこともあります。介護保険を利用している場合には、ふだんからケアマネジャーさんともヘルプカードの相談をし、その人たちの連絡先も書いておくようにしましょう。
ヘルプカードは日常の場面でも役に立ちます。たとえば、買い物先やバスに乗るとき、「ゆっくり話してほしい」「こんなことを手伝ってほしい」と見せれば、周囲の人が手助けしやすくなります。会社員が胸に「IDカード」をさげているような感覚で、好きな色のホルダーにいれるなど、名刺代わりに身につけたり、持ち物に入れておいたりしましょう。
なお最近では、ヘルプカードを家族が本人に持たせるのではなく、本人自身が自分からヘルプカードを持参して外出する人も増えてきています。『認知症になったとしても、自分の暮らしを守るために、自分で決めてできることをする』。これからの時代の大切なあり方だと思います。
2.自宅中心の「避難マップ」
災害時に避難できる所がどこにあるのか、支えてくれる人がどこにいるのか、ふだんから調べておいて、自宅を中心にそれらを書き込んだ簡単な地図を作っておきましょう。
行政が作った避難所の一覧が役場やホームページで見られます。一覧をもとに、高齢や認知症のある本人の住まいからみて、どこが一番近いのか、どの道を通っていけばいいのか、自分たち用のわかりやすい地図にして、ふだんから「いざとなったら、ここだよ」と確認しあっておくことが必要です。
避難所は設定されていても、本人が実際には歩いて行けない距離にあったり、災害時は車が使えなくなることもありえます。いざという場合に助けてくれる人が誰で、どこにいるのか、わがまちの自治会長さんや民生委員さん、消防団の人たちをふだんから知って、あいさつなど関係をつくっておくことが大事です。避難マップに、それらの人たちの所在地、名前、連絡先などを入れておけると安心です。
ふだん本人を見守ってもらえることにもつながります。
いずれにしても、「助けが必要な自分たちがいること」を、自分たちからそれらの人たちに伝えておかないと、相手も所在や名前が分からず助けようがありません。もはや認知症であることを隠す時代ではありません。ちょっと勇気がいりますが、自治会長さんや地域の支え手役の人たち、近隣の人たちに、ふだんから「認知症がある」ということを伝えると、支え手になってくれる人がどの町にも必ずいます。
災害時はもちろんですが、ふだんから本人を見守ってもらえる人を一人またひとりと、増やしていきましょう。
支え手ということでは、認知症の人が共同生活をするグループホームが近くにありませんか。グループホームは地域密着型をうたい、地域向けのイベントや避難訓練を地域の人たちと一緒にしているところがあります。
そこのサービスを利用していなくても、イベントや訓練時に認知症の本人と家族が積極的に参加して、地域にいる支え手と顔見知りになっておきましょう。それらの人たちを通じて、ふだんの暮らしに役立つ情報やさらなるつながりが広がっていくことでしょう。それらがいざというときの頼みの綱になったりします。
災害発生時に、高齢者や避難生活で配慮が必要な人を受け入れる「福祉避難所」が、お住まいの地域にあるのかも調べておきましょう。「福祉避難所」とは高齢者はもちろん障害者、乳幼児など、配慮が必要な人向けに設けられる避難所です。自治体が高齢者施設などを指定し、運営します。
いざという時の避難先や支え手になってくれる人を地図に書き込んだら、買い物や外出時などのついでに、その場所を実際に確認しておきましょう。家族だけではなく、認知症の本人にも、「いざという時、自分の命は自分で守ろうね」「ここが避難先だよ」と話し合っておくと、本人なりにしっかりと受け止める人も少なくありません。
3.本人が落ちつくモノを防災グッズに追加
防災の基本グッズや常備薬リストなどに加えて、認知症の本人が好きな小物や、なじみの小物と同じものなどを、非常用持ち出し袋に一つでもいいので入れておきましょう。認知症の人が、ほっと安心したり、自分を取り戻せるモノがあると、いざというとき心強いです。本人の好きな色のタオルやかわいがっているお孫さんの写真のコピーを入れている人もいます。
災害が起こったとき怖いのは、認知症の人がパニックになること。この場合のパニックとは、激しい症状だけを指すのではなく、行動が固まってしまうことも含まれます。東日本大震災でも、認知症の人が動こうとせず、避難できなかった例がありました。認知症の人に避難を勧めても動かないことがあります。「これを持って逃げれば大丈夫」と、ふだんから用意していた持ち出し袋が誘い水になる場合があります。
防災グッズを用意するときには、本人と話しながら、目の前で一緒に準備しましょう。「認知症の人は何も分からない」「忘れてしまう」と思われがちですが、「これからの安心のために、一緒に準備しておこうね」と話すと、大事なことはしっかりと受け止めてくれる場合が少なくありません。そういったとき、本人が過去の災害の体験を話してくれるかもしれません。知らなかった本人の苦労やそれを乗り越えてきた体験に耳を傾けましょう。
- まとめ「認知症の人と家族が災害に備えて準備したいモノ」
- 1.名刺代わりの「ヘルプカード」
2.自宅中心の「避難マップ」
3.本人が落ちつくモノを防災グッズに追加
- 永田久美子(ながた・くみこ)さんプロフィール
- 1960年新潟県生まれ。千葉大大学院看護学研究科修了。学生時代から認知症の人と家族の支援と研究を続けている。東京都老人総合研究所を経て、現職。日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)の設立に加わる。『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』などを監修。
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