認知症を演じる

認知症の父を演じる橋爪功さん「役になりきる必要はないんです」

「舞台がよければ僕のせい、悪ければ…(笑)」認知症を演じる橋爪功さん

認知症の父親を主人公にしたフランスの哀しいコメディで、各国で数々の演劇賞を受賞してきた「Le Père 父」が来年2月から日本で初上演されます。記憶や時間軸が混迷していく認知症の人の視点から、ストーリーが進んでいきます。稽古を控える主演の橋爪功さんに話を聞きました。

——「Le Père 父」の台本を読まれて、認知症である主人公アンドレをどのような人物としてとらえましたか。

橋爪  アンドレという人は好きですよ。ホンを読んだだけでは計り知れないですしね。しかも、認知症を患っている。しかし、この作品では、彼がどういう人物だったか直接は舞台には関係がないと思っています。ぼくが自分のなかでどういう人物だって考えてもしょうがないんです。

台本を読んだだけでは認知症なのかどうかもわからないわけですし。「父」はそういうウェルメイド(構成がしっかりとした劇)ではなく訳がわからないところが面白いと思っています。どうやってそれを演じるか。ラディスラス・ショラーは初演から手がけている演出家で、日本初演ですから、それはとても楽しみですよ。

お客さんにとって、この芝居はとてもスリリングだと思います。どう解釈したらいいのか、お客さんもわからないわけです。そこが面白いと思いますね。一筋縄ではいかない。捕まえきれない。

いずれにせよ認知症の方が見てどう思うかは予想がつきませんが、元気になってもらえると一番いいですね。舞台がよかったらぼくのせい。悪かったら演出家のせいなので。ねえ?(笑)。なるべく自分の肩から荷物をおろして人に背負わせるということで77歳まで生きてきました(笑)。

俳優は、いい「通訳者」であればいい

——認知症の方を理解しようとバーチャル・リアリティの技術を使い、機器を身に着けて当事者の感覚を体験するプログラムが開発されています。さまざまな役になる俳優の仕事柄、認知症のアンドレを演じる今回は、認知症について気づくことがあるのではないでしょうか。

橋爪 認知症患者とまったく同じ、という体験は、ぼくはできないと思うんですよ。人間の脳ってそんなに簡単なものではないから、相手の見ているものをそのまま経験するということはあり得ないと思うんです。それに役者は役になりきる必要はないんです。よく役になりきると言われますが、舞台はあくまでも表現です。それは演出家が望む表現であったりするわけで、他人になりきるというのは無理だし、その必要はないのです。

必要不可欠な情報さえお客さんに与えればいい。それは芝居の台本に書かれているものだけです。そこから先はお客さんたちが想像すること。つまり役者が感じたこと、演出家が感じたこと、それ以上のものをお客さんに提出する必要はないんです。それ以上の余分な情報をお客さんに与えたとしたらその時点で俳優失格です。いい「通訳者」であればいいのです。

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——舞台「レインマン」でもサヴァン症候群の主人公レイモンドを演じられていましたが、病気の下調べなどはなされなかったのですか。

橋爪 「レインマン」はいろいろな人が演じていますし、ダスティン・ホフマンが演じた映画をかつて見ていましたからそれで十分でした。でもぼくはその通りにはできません。自分流に立ち稽古をやっている間に出てきたものを利用するしかないのだと思っています。それで演出家が「いいですね」と言ってくださればいいわけで。舞台の芝居って、演じている中で演出家が取捨選択してすすめていくものなんですね。

役者がどうしてもこれがやりたいと言ってやるとだいたい失敗します(笑)。役者は「ホン」を読んだ時点がいちばん幸せなとき。でも稽古に入ってしまうとだんだんものが見えなくなってきますから。最終的には自分しか見えなくなっちゃう俳優さんもいます。だから、演出家は気をつけないといけない。

自分で登場人物像をつくりあげるということはありえないし、やってはいけないことなんです。アバウトでいい。その日稽古場で起こること、それを演出家が見ていて、演出家が面白いと思ったものをある程度でフィックスすればいいわけであって、あとはお客さんが劇場にきて、なにか感じてくれてお土産を持って帰れるかどうか。これくらいだったら許されるかなという程度のものをあまり色濃くなくお伝えする。ほどがいいものをお客さんに通訳して渡す。ぼくはそれが役者の仕事だと思っているんですね。生まれる前から(笑)。こういうひねくれた性格になってしまったんだけど、役者にはちょうどよかったかなと思います。

弟役の椎名桔平がサッカー好きで大変だったんだよ!

「レインマン」でも「主人公がサヴァン症候群の男性」ということ以上に、サヴァン症候群のことをお客さんに伝える必要はありません。お客さんが見たいことは兄弟の関係と兄弟と世の中で起こっていることだと思うんです。「レインマン」の舞台の演出家はスズカツ(鈴木勝秀)で、弟役は椎名桔平でした。桔平はサッカーが好きなので、サッカーの話を芝居に入れちゃった。ワールドカップの優勝国のくだりとか、みんなあの二人が決めちゃって、こっちは覚えるの大変だったんだよ! 舞台の上で桔平がサッカーボールを蹴るしね。芝居ってのは常にそういう余地があるわけなんです。

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——一方で、最近は泣ける映画だとか、お客さんに反応や解釈を押し付ける作品が多いと感じます。

橋爪 だからぼくは、芝居をやる前にこういうふうに解釈しよう、分析しようとして話すことが好きではないんです。お客さんが見に来てよかったらいいし、だめであるならば放っておいてほしい。それに、そもそもぼくはほかの芝居はあまり見ないんです。芝居が良くても腹が立つし、つまらなくても腹が立ってしまう。どうせ腹が立つならお金払うのをやめようと思って行かないんです(笑)。

スタイリング/神 恵美

後編を読む【台詞は400超「どう覚えるんだ?笑」】

橋爪功(はしづめ・いさお)
1941年大阪府生まれ。文学座、劇団「雲」を経て、75年、演劇集団「円」の創立に参加。2006年より代表を務める。野田秀樹作品をはじめとする多数の外部公演にも出演しながら、テレビ、映画でも活躍。NHK朝ドラ「まんぷく」の三田村亮蔵役、山田洋次監督の映画『家族はつらいよ』シリーズの平田周造役(主演)などを演じ、存在感を発揮している。

【作品情報】 「Le Père 父」

作/フロリアン・ゼレール 演出/ラディスラス・ショラー 出演/橋爪功、若村麻由美、壮一帆、太田緑ロランス、吉見一豊、今井朋彦
東京公演/2019年2月2日(土)~24日(日)東京芸術劇場シアターイースト 兵庫公演/
2019年3月16日(土)・17日(日)兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール、ほか地方公演あり
公式サイト https://www.father-stage.jp/

Le Père 父

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