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演劇は認知症ケアを変える?業界を超えて注目を集めるワークショップ

「将軍ゲーム」を参加者に説明する菅原直樹さん
「将軍ゲーム」を参加者に説明する菅原直樹さん

俳優で介護福祉士の菅原直樹さんを中心に設立された劇団「老いと演劇 」OiBokkeShi(オイボッケシ)。老人介護や認知症ケアの現場に演劇的手法を取り入れて、高齢者や介護者とともに演劇公演を行ったり、全国でワークショップを行ったりしています。なかまぁる編集部は今回、早稲田大学演劇博物館(東京都新宿区)の秋季企画展「現代日本演劇のダイナミズム」記念イベントとして行われたワークショップに密着。演劇を使った認知症ケアとはどのようなものなのか、その詳細を報告します。

2019年1月、「老いと演劇のワークショップ」は、身体を使った遊び「将軍ゲーム」から始まった。

身体の部位に1,2、3‥‥と番号を振り、将軍役のリーダーの号令に従って、参加者は自分の身体の部位を指す。次に「自分ではなく他人の身体を指す」さらに「両手で2つの部位を指す」とルールを少しずつ変更。最後に「同じ人の身体を指してはいけない」というルールが加わると、参加者は入り乱れて身体をねじり、まるでみんなでダンスを踊っているかのような様相に。失敗する人が続出し、あちこちで笑いが沸き起こる。

できないことは、いいことだ

「遊びはできない人がいるから盛り上がる。遊びにおいては、できないのはいいことなんです。このような、できてもできなくても、今この瞬間を共に楽しむという遊びの価値観を、介護の現場に持ち込むことができたら、老いの姿はずいぶん変わってくるのではないでしょうか」と話すのは、この日の講師で、老いと演劇「OibokkeShi(オイボッケシ)」を主宰する菅原直樹さんだ。

俳優であり、介護福祉士でもある菅原さんは、「身体を使って他者とコミュニケーションをとる喜びこそが演劇の原点」と指摘する。そんな演劇体験を通じて、認知症の人とのコミュニケーションに意識的になることを目指すのが、この「老いと演劇のワークショップ」なのだ。

できないからこそ盛り上がる「将軍ゲーム」
できないからこそ盛り上がる「将軍ゲーム」

違う世界を見ている相手に寄り添う

この日の参加者は、定員の約6倍の応募者から抽選で選ばれた25名。演劇を学ぶ20歳の大学生から、「自分がボケ始めたのでは」という不安にかられて応募したという77歳の男性まで多彩な面々だ。「この中で、認知症の人と日常的に接している人は?」という菅原さんの問いかけに、半数以上が挙手。そんな参加者に向けて、菅原さんは続ける。

「悩んだことはありませんか?認知症の人のボケを正すべきか、受け入れるべきか」。

ワークショップはここから「演技」のプログラムに入った。

まず、介護者役と認知症の人役に分かれて行う即興演劇「イエス・アンドゲーム」。認知症の人の「お姫さまになりたい」といった突拍子もない願望に、介護者が話を合わせて「受け入れるバージョン」と、頭から否定し「正そうとするバージョン」の2つを演じることを通して、よりよいコミュニケーションを探っていく。「勝新太郎になりたい」と訴え続ける認知症の人を演じた女性の参加者は、周囲の笑いを誘う名演だったが、「否定されればされるほど、介護者が嫌いになり、意固地になってしまった」と振り返る。正しいことをいくら述べても、心は動かせないのだ。

「認知症の介護の現場で、『相手を受け入れる』とは、違う世界を見ている相手に寄り添うことです。介護者は時に、自分には見えないものでも見たふりをしなければなりません。そのためには、どうしたって演技が必要になると僕は考えています」(菅原さん)。

「勝新太郎になりたい」と言い張る相手を笑顔にした介護者役の熱演
「勝新太郎になりたい」と言い張る相手を笑顔にした介護者役の熱演

続いて「ブックス」と呼ばれるゲームが行われた。「グループでのおしゃべり」という設定で、そのうち1人が認知症の人になり、その人は不条理演劇『ゴドーを待ちながら』(岡室美奈子訳)のセリフしか口にできないというルールを課される。その人は、台本をめくりながら目に付いたセリフを空気を読まずにどんどん口にし、ほかのメンバーは、「否定・無視」と「肯定」の二つのパターンで関わる。認知症の人を演じた参加者は、「否定されると壁ができてそれがどんどん厚くなり、叫びたくなった」と感想を口にした。ところが、肯定された場合は「うれしくなり、セリフを読んでいるだけなのに、自分も会話に参加し、意味のある会話が成立しているような気持ちになった」そうだ。

「イエス・アンドゲーム」も「ブックス」も、認知症の中核症状である見当識障害(今いる場所や時間、話している相手がわからなくなる)を疑似体験するゲームだ。そしてこのゲームが明らかにしているのは、見当識障害があっても、周囲の人の関わり方によって、認知症の人の気持ちは大きく異なってくることである。「認知症の中核症状を演技で受け入れることで、徘徊や妄想などの行動・心理症状を減らすことができるというわけです」(菅原さん)

今、この瞬間を楽しむことはできる

ワークショップの最後のプログラムは、集団創作。事前に参加者全員に「人生アンケート」が配付され、自分が一番輝いていた時期、その時期を象徴するエピソード、一緒にいた大切な人の記入が求められる。

その後3,4人のグループに分かれ、誰かのエピソードをひとつ選ぶ。舞台は老人ホーム。エピソードが選ばれた人は認知症の老人の役だ。老人は、介護職員に昼食にしようと誘われるが、自分が一番輝いていた時期に気持ちが戻ってしまい、「大切な人が来るから、ここで待つんだ」と言い張る。そこへ面会者が訪れると、老人は、自分が待っていた大切な人が来たと勘違いしてしまう。面会者は老人のストーリーを受け入れ、大切な人のふりをして、老人の心により添った会話をする。やがて老人の心はほぐれ、面会者に促されて連れ立って昼食へと向かう。

グループごとの準備を経て発表へ。「秘密基地を作りに行く」「譜読みがしたい」「修士論文を書かなくては」「『三人姉妹』の稽古がある」‥‥老人が昼食を断る理由は様々だ。そして、老人が人生で一番輝いていた頃の姿が、面会者との会話を通して浮き彫りになる。自分のストーリーを話す老人役の人は、みなイキイキした表情で幸せそうだ。

このチームの主人公は演出家のニナガワさんを待っている設定
このチームの主人公は演出家のニナガワさんを待っている設定

老人役を演じたうちの1人、70代の男性は、「自分がボケ始めたのではという不安から参加しましたが、いろんなことを学べたし、楽しかった。人間を深く見ていかないといけないですね。ボケているとかいないとかではなく」と笑顔を見せた。

現代演劇を研究中の30代の留学生は、介護職員役を熱演。「介護の中で演劇をどう生かすのか、読んでもわからなかったことが体験して初めてわかりました。これからの自分の研究に生かしていけそうです」。

認知症の伯母を看取った経験を持つ男性(29歳)は、「伯母の見ている世界を一緒に見ようとしていたら、もっと豊かな時間を過ごせたと思う。もう少し早く参加したかった」と、ちょっと悔しそうな表情を見せた。

認知症は怖くない

菅原さんは、介護の仕事をするようになってから、認知症が怖くなくなったという。なぜなら、「認知症は確かにいろいろなことができなくなるけれども、「今この瞬間を楽しむ」ことはできる」からだ。身体を使った遊びをすれば楽しいし、美しい景色には感動するし、受け入れて演技をしてくれる介護者がいれば、幸せな気持ちになる。

「これからの時代は、介護職の人だけでなく、さまざまな人が認知症のお年寄りと関わることになっていくと思います。そんなとき、舞台に立ったつもりで、認知症の人と“今ここ”を楽しむ介護を、ぜひともしていただきたいと思います」

「老いと演劇」OiBokkeShi(オイボッケシ)
俳優で介護福祉士の菅原直樹さんを中心に、2014年、岡山県和気町で設立された劇団。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」の理念の下、高齢者や介護者とともに作る演劇公演や、認知症のケアに演劇的手法を取り入れたワークショップを全国で行っている。その名前は「老い」と「ボケ」と「死」に由来する。いずれも人間が恐れて避けたがるものだが、そこから得るものもまた大きいのではないか、それらを排除するのではなく、受け入れる文化を作りたいと菅原さんが名付けた。看板俳優は、認知症の妻を自宅で介護する「おかじい」こと岡田忠雄さん(92歳)。超高齢化社会の課題に「演劇」という手法でアプローチする活動が、注目されている。
3月25日(月)13:30から、東京・アーツ千代田3331にて演劇「ポータブルトイレットシアター」を上演予定。詳細、申し込みはこちら

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