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認知症を演じる

「老い+ボケ+死」を劇団名に。気鋭の俳優+介護士の独創性

「老いと演劇」OiBokkeShi主宰の菅原直樹さん
「老いと演劇」OiBokkeShi主宰の菅原直樹さん

俳優で介護士の菅原直樹さんは、2014年に岡山県和気町で「老いと演劇」をテーマにした劇団OiBokkeShi(オイボッケシ)を設立。老人介護や認知症ケアの現場に演劇的手法を取り入れ、高齢者や介護者とともに演劇公演を作ったり、全国でワークショップを行ったりしています。なぜ介護や認知症のケアに演劇が必要だと考えるようになったのか、菅原さんがこの道を志したいきさつからお話を聞きました。

――「老いと演劇のワークショップ」を開催する狙いはどこにあるのでしょうか。

介護福祉士として働きながら、演劇活動をおこなうなかで、介護と演劇の相性の良さを実感したことをきっかけに、2014年にOibokkeShi(オイボッケシ)を立ち上げ「老いと演劇のワークショップ」をスタートさせました。

オイボッケシとは「老い」と「ボケ」と「死」。世間では辛いもの悲しいものとして目を背けたがる風潮があるけれど、僕は、老人ホームで仕事をするなかで触れてきた老いの豊かな世界を、演劇を通じて発信したいと考えました。オイボッケシの作品作りのコンセプトは「介護現場に演劇の知恵を、演劇の稽古場に介護の深みを」。「老いと演劇のワークショップ」では、介護と演劇の相性の良さを伝え、演劇体験を通じて認知症の人との関わり方をじっくり考えてもらうことを目指しています。

お年寄りほどいい役者はいない

――菅原さんご自身は、どのような経緯で介護と演劇の相性の良さに気づいたのですか?

2012年に特別養護老人ホームで働き始めましたが、お年寄りほどいい役者はいないということに、すぐに気づきました。同時に、介護者は役者になった方がいいとも思った。僕自身、演劇をやっていたこともあって、老人ホームの風景を演劇の視点で見ていたのだと思います。たとえば、腰の曲がったおばあさんが目の前をゆっくりと通り過ぎる、その佇まいが圧倒的だった。

ワークショップでは小道具として車いすを使った
ワークショップでは小道具として車いすを使った

70年~80年の人生がにじみ出ているからなのか、歩いているだけで深い味わいと存在感がある。これなら、お年寄りが舞台を歩き、その背後に字幕で人生のストーリーを流すだけで、立派な演劇になるじゃないか。この頃から、いつかお年寄りと一緒に芝居をつくれたらおもしろいだろうな、と思うようになりました。

タンスの中の人にコロッケをあげるべきか

――介護者は役者になるべきだと考えたのはなぜでしょうか?

僕は高校生の頃、認知症だった母方の祖母と一緒に暮らしていました。ある日、食卓の上にあったコロッケを僕が食べてしまったら、祖母が「タンスの中の人にあげようと思っていたのに」と言ったんですね。そのとき、「いや、タンスの中には人はいないでしょう」と正すべきか? 「食べちゃってごめん、タンスの中の人には、冷蔵庫の中のほかのものをあげよう」と言うべきかすごく悩みました。

ここで祖母のボケを受け入れてしまったら、次は言葉を喋る犬とか、空飛ぶおじいさんとか、どんどん祖母がおかしなところへ行ってしまうのではないかと不安だった。一方、ここでボケを正せば、もとのしっかりした祖母に戻るような気がしました。あのときは結局「タンスの中にはだれもいないでしょう」と正しました。でも、あれから10年が過ぎ、介護職員として多くのお年寄りと接するようになった今なら、絶対そうはしない。ボケは感情によりそって受け入れたほうがいい。そのために介護者は演技をすることが必要で、役者になるべきなのです。

介護情報誌「ブリコラージュ2018年夏号」で責任編集を務めた
介護情報誌「ブリコラージュ2018年夏号」で責任編集を務めた

認知症の人が、おかしなことを言ったり、小さな失敗をしたりするのは、記憶障害や見当識障害といった認知症の中核症状によるものであり、これは仕方がありません。それをいちいち正したり、責めたりするのは、認知症の人の心を傷付けるだけで、誰の幸せにもなりません。

認知症の人は、論理や理屈が通じなくなっているかもしれないけれども、感情はしっかり残っています。だから、認知症の人が見ている世界を尊重し、感情に寄り添って、演技をすべきなのです。そうすることで、認知症の人も介護者も気持ち良くコミュニケーションすることができ、結果的には徘徊、妄想、介護者への抵抗、攻撃的言動など、介護者を困らせる行動・心理症状を減らすことにつながります。

【インタビュー後編】老いていく「今」を楽しむ。92歳の看板俳優が僕に教えてくれたこと、はこちらです

菅原直樹(すがわら・なおき)
1983年栃木県宇都宮生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科卒。劇作家、演出家、俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。平田オリザが主宰する青年団に俳優として所属。小劇場を中心に、前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大の作品などに出演する。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。現在、OiBokkeShi×三重県文化会館による「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクトが進行中。第69回芸術選奨新人賞(2018年度)。朝日新聞社「論座」で連載「高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き」も。

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