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認知症を演じる

老いていく「今」を楽しむ。92歳の看板俳優が僕に教えてくれたこと

「老いと演劇」OiBokkeShi主宰の菅原直樹さん
「老いと演劇」OiBokkeShi主宰の菅原直樹さん

「老いと演劇」をテーマにした劇団OiBokkeShiの代表、菅原直樹さんは、老人介護や認知症ケアの現場に、今こそ演劇的手法を取り入れるべきだとして、高齢者や介護者とともに演劇を作り、全国でワークショップを行っています。なぜ認知症の人の間違いを正さなければいけないのか、なぜ高齢者を成長させようとするのか、その発想こそがそもそも違うのではないかと訴えます。

――演技までしてボケを受け入れる必要はない、たとえ認知症であっても間違っていたら正すべきだ、と考える人もいるのではありませんか。

はい、老人ホームに身を置いたことがなければ、そう考えるのが普通でしょう。僕らが生きている社会は進歩主義で支えられています。昨日よりも今日、今日よりも明日、より成長しなくてはならないというプレッシャーのなかでみんな生きてきました。でもね、老人ホームに身を置くと、それが妄想に過ぎないことに気づかされる。成長期を過ぎれば、人は自然と老い衰えるものなのです。

認知症のお年寄りって、昨日できたことが今日はできなくなっていく存在です。でも、何が正しくて、何が間違っているのかなんてことは、とっくの昔に知っていて、今はその判断がきかないところまで衰えてしまっている。そういうお年寄りに対して、僕みたいな若い介護職員が、何が正しいかを教えようとする、ボケを正そうとする、それってなんだかおかしな光景に思えるんです。

なぜ、自然と老い衰えて行くものを、成長させようとするのか。成長する・成長しないとは別の価値観で接するべきではないのか。お年寄りって、今が一番いい状態なんですよ。明日は今日より少し衰えてしまう。だからこそ、今この瞬間をともに楽しまなくていつ楽しむのか、そんな気持ちで接することが大切なのではないかと思います。

認知症の人の孤立を疑似体験するワークショップ
認知症の人の孤立を疑似体験するワークショップ

さらに言えば、演劇という表現形式の最大の特徴もまた、「今ここにいることを共に楽しむ」なのです。「老いと演劇のワークショップ」を通して、認知症の人と今ここを楽しむためのコミュニケーションを体験していただけたらうれしいです。

お年寄りがイキイキする瞬間がある

――介護の現場で認知症のお年寄りと関わるとき、菅原さんご自身が大切にしているのはどのようなことでしょうか。

その人に合った役割を一緒に見つけることです。オイボッケシには、「おかじい」こと岡田忠雄さんという92歳になるお年寄りがいて、俳優として演劇に出てもらっています。このおかじいが、ぼくのことを「監督」と呼ぶんですね。これまでずっと俳優だった僕は、最初にそう呼ばれたときは正直とまどいました。でも、おかじいを見ていて気がついたんです。おかじいには「俳優」という役割が必要なんだ、そしておかじいがその役割を全うするためには、僕が監督にならなくてはいけないのだ。よし、監督を演じよう、と。

老人ホームのお年寄りも、これまでの人生で、サラリーマンだったり、教師だったり、主婦だったり、母親だったり‥‥さまざまな役割を持っていたはずです。ところが、子どもが巣立ち、定年退職し、認知症を患って老人ホームに入ることによって、その役割をすべて奪われてしまった。ホームでお年寄りがイキイキする瞬間ってよくあるんですけれど、たいてい、かつての役割を演じているときなんです。一日中ぼーっとしているように見えたおじいさんが、ラジオ体操の音楽をきいたとたん、号令を掛けながら身体を動かし始める。この人は元体育の先生だったそうです。

僕は演劇人として、お年寄りに役柄を演じてもらい、いっしょに演劇をつくっていきたい。演劇の知恵は介護の現場でもっともっと生かせるはずだと思うんです。

だから、介護の職場はクリエイティブ

――ワークショップ(ルポはこちら)では「人生アンケート」にこたえることで、自分が人生で最も輝いていた時期を参加者全員が振り返りました。あれは、それまでの人生において納得して演じてきた役柄がなんであったのかを知る作業ですね。

ええ、誰にでもそんな時期がありますよね。介護をしていてもその人が輝く瞬間、人生が垣間見える瞬間があって、それが介護の楽しさにつながります。老人ホームのお年寄りが、ホームにたどりつくまでの人生は、一人ひとり異なりますから、対応のしかたは絶対マニュアル化できません。だからこそ、介護の仕事はクリエイティブなのです。

ワークショップでは、演技を通じて、人と心を通わすその心地よさを体験していただけたら、と考えています。また、演劇というのは表現を発信することなので、社会を変えるきっかけになればとも思う。ゆくゆくは‥‥、そうですね。介護現場なのか劇場なのかよくわからない文化拠点みたいなものができたらおもしろいなあと思います。

【インタビュー前編】「老い+ボケ+死」を劇団名に。気鋭の俳優+介護士の独創性、はこちらです

認知症ケアに演劇的手法を取り入れるワークショップを全国で開く
認知症ケアに演劇的手法を取り入れるワークショップを全国で開く
菅原直樹(すがわら・なおき)
1983年栃木県宇都宮生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科卒。劇作家、演出家、俳優、介護福祉士。「老いと演劇」OiBokkeShi主宰。平田オリザが主宰する青年団に俳優として所属。小劇場を中心に、前田司郎、松井周、多田淳之介、柴幸男、神里雄大の作品などに出演する。2010年より特別養護老人ホームの介護職員として勤務。2012年、東日本大震災を機に岡山県に移住。認知症ケアに演劇的手法を活用した「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開。現在、OiBokkeShi×三重県文化会館による「介護を楽しむ」「明るく老いる」アートプロジェクトが進行中。朝日新聞社「論座」で連載「高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き」も。

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