橋爪功さん、認知症の父役に 台詞は400超「どう覚えるんだ?笑」
取材/平井康嗣 撮影/田中良知
来年2月に国内初上演される舞台「Le Père 父」で、認知症の父親役を主演する橋爪功さんへのインタビューです。「老いを毎日感じる」という77歳の心境をうかがいました。
嫌なものを排除しただけの人生じゃ、だめなんです
——老いを感じることはありますか。あるとすればどう向き合っていらっしゃいますか。
橋爪 毎日老いを感じていますよ。足腰が弱くなってきて、覚えも悪くなってきましたよ。人の名前聞いて別れて三歩も歩いたらもう忘れているんだからねえ。そういう恐怖感が年を取ると多少あるわけで、ぼくもご多分にもれずそういう不安や自信のなさはあります。ああ、もう今回の芝居もやめようかな(笑)。もう少し楽な気持ちで人生を生きたいと思ったりもしますけど、やはり枷は必要なんです。嫌なものを排除しただけの人生じゃだめなんです。
——あれだけの台本を覚えられるのはさすがです。
橋爪 そう簡単に頭の中には入ってきませんよ。今回の芝居だって四百何十個もセリフあるんだよ、しかもアンドレの話している内容って次々に変わるんですからね。どうやって覚えるんだって(笑)。
橋爪 ともかくぼくは稽古場に立たないとだめ。セリフは条件反射みたいなものなんです。こめかみ触ったらこのセリフだとか暗記術あるでしょう。姑息な手をいっぱい使って、なんとか最終日までたどりつければいいなと思っています。フランスでは「父」を舞台で結構年のいった人が演じているんです。映画版「父」は81歳の人が演じるそうです。外国には怪物がいますわ。
本当にね、年取ると悲しいことばかりですよ。ぼくは運動神経の塊でしたからね。足も速かったし。舞台上で飛んだり跳ねたりめちゃくちゃやっていたんだけど、だんだんできなくなってくるんです。以前はリュック背負って現場まで走っていたこともありますけど、70代になるともう足元おぼつきませんね。
「笑わしてやろう」という演技をしたあとは…
橋爪 昔は目もよかったからお客さんの顔もよく見えました。役者だからスケベ心がありますから、舞台に立っていて今日はお客さん笑わないな、笑わしてやろうということは多々ありますよ。ここは笑うところだぞって、えぐる演技をしたりしてね。でもそういう日は帰りしなに反省するんです。この年になってまたやっちゃったなって。どうしようもないものですよ、俳優なんて。そういうことが舞台の生モノならではの面白さではありますが。
でも最近は裸眼だとお客さんのお顔も見えないから、そういうのもなくなってきて昔より集中できる! はず。しているつもりです(笑)舞台を見た人はいろいろなことを言うんですけれど、ぼくは気にしにません。そういう誤解のまっただなかで生きていくというのが年を取るということですから。負けていられないね。
現場がおとなしい。ぼくが一番でかい声
——橋爪さんはご自身の劇団の代表も続けていらっしゃいますよね。
橋爪 いまの演劇集団「円」になってから長くなりました。先輩がいなくなってしまってぼくの代で潰すわけにいかないからね(笑)。
昔はエネルギーが高くて、みんな芝居のこと考えて、情熱があり余っていた。昔は新劇の連中は演劇論で喧嘩していて、それは当たり前だったんだよね。だから分裂してきたんです。ホント10年くらいで必ず、劇団の分裂が起きていました。時代のせいか、いまは分裂に至るようなエネルギーが渦巻かない。悲しくも情けない状況。いまは喧嘩をしませんね。この間、京都の撮影所行ったら静かでした。ぼくは怒号が飛ぶような京都の撮影所が大好きだったので、向こうから怒号が飛んでくると三倍返ししたりしてね(笑)。でも最近の現場は役者もスタッフもなにかおとなしいですね。しょうがないのでぼくが撮影所に入るなり一番でかい声をだしたりしてね。
橋爪 若い人には激しいことに心を動かしてほしいと思っています。「その芝居は劇場じゃなくてもいいじゃないか。テレビ見ていても同じような芝居があるじゃないか」と言いたくなってもくる。
訳がわからない演劇が好きというのもそうかもしれないけど、ぼくは激しい舞台が好きなんです。たとえば、ピカレスク劇などが好きです。かつて、近松門左衛門の時代ものをやりたいと、安西徹雄さんというぼくの師匠がおっしゃった。後年、演出家の森新太郎に話したら「やりましょう……」と。演出家をやる気にさせるものって古典の中にあるんです。それと同時に演出家は非常に現代的な芝居にも触手を動かさないといけない。幸いなことにぼくは役者だから演出家に言われたことをやっていればいいわけですが。
ただね、演劇って本当に無尽蔵で限界がないものだから、野蛮な気持ちがないと背負いきれないものがあります。だって年間1本出ていたって、50年間やっても50本しか演じられないんですから。後悔ばかりが残っております(笑)
がんばって長生きしたから、認知症も多くなる
—2025年には700万人が認知症になると言われておりますが、これからの時代を生きる方々に一言お願いいたします。
橋爪 日本人はがんばって長生きしてきたんだから認知症の人も多くなります。人類としての摂理でそれはしょうがないんじゃないでしょうか。われわれは非常に面白い時代に直面したと思えばいいのではないかと思います。公害やら食料問題やら、今まであまり考えなくてすんだようなものをたくさん考える未曽有の時代に入っていくわけです。それは、のほほんと生きていた時代の人たちにはなかなか経験できないことではあります。ぼくも叶うならば、そういう時代をしっかり見届けたいと思っています。
スタイリング/神 恵美
(おわり)
- 橋爪功(はしづめ・いさお)
- 1941年大阪府生まれ。文学座、劇団「雲」を経て、75年、演劇集団「円」の創立に参加。2006年より代表を務める。野田秀樹作品をはじめとする多数の外部公演にも出演しながら、テレビ、映画でも活躍。NHK朝ドラ「まんぷく」の三田村亮蔵役、山田洋次監督の映画『家族はつらいよ』シリーズの平田周造役(主演)などを演じ、存在感を発揮している。
【作品情報】 「Le Père 父」
作/フロリアン・ゼレール 演出/ラディスラス・ショラー 出演/橋爪功、若村麻由美、壮一帆、太田緑ロランス、吉見一豊、今井朋彦
東京公演/2019年2月2日(土)~24日(日)東京芸術劇場シアターイースト 兵庫公演/2019年3月16日(土)17日(日)兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール、ほか地方公演あり
公式サイト https://www.father-stage.jp/