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「ぼけますから、よろしくお願いします。」ヒット理由を広島から探る

次々と上映館が増えている、いま話題のドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」の舞台は、広島県呉市。朝日新聞広島総局で記者として日々の取材をしている私は広島というとっかかりだけで映画を見ました。正直なところ、「認知症?介護?私には関係ないテーマだな――」と思っていたのにもかかわらず、鑑賞中はクスッと笑って、おいおい泣いての繰り返し。記者魂を刺激され、ここ広島から、ヒットの理由を探ることにしました。

地元の映画館は平日午前も満席

昨年暮れ、広島市内の映画館「横川シネマ」。平日午前10時に始まる上映回はほぼ満席でした。客席を埋めていたのは、見たところ、中年から高齢の女性たちです。私の横の女性は、ハンカチを目に当て、終始泣きながら見入っていました。終演後に話を聞くと、目を真っ赤にして言いました。「いろんなことがまるっきし、自分の家族に重なって…」

この方は、関西出身、広島在住の58歳。5年前に父を見送り、地元で一人暮らしをする89歳の母の様子を見に、時々関西に戻るそうです。「女性は結婚したら仕事を辞めるのが当たり前」とされた世代。自身の経験が悔しかったので、今は、娘が仕事を続けながら子育てをする生活を支えています。先に映画を見た友人から、「絶対見に行って」と言われて見に来たそうです。作品から伝わってきたものは?と尋ねたら、「家族の愛、ですよね。どうしようもない問題も含めて」。

仕事は東京、実家に帰れば広島弁

そんな「家族の愛」をつづる主人公たちは、監督を務めた信友直子さん(57)の両親、信友文子さん(89)と夫の良則さん(98)。舞台は、ここ広島県第3の街、呉市です。この街では、年が明けると同時に、海上自衛隊呉基地に停泊する艦船が一斉に警笛を鳴らします。この警笛と共に新年を祝うのが、軍港として栄えた港町の風物詩なのです。信友夫妻は毎年毎年、この警笛を聞き、少しずつ老いてきました。来年は結婚60周年を迎えます。

呉市の高齢化率は40%。全国平均の33%、直子さんが暮らす東京の28%と比べれば、突出した高さをお分かりいただけるでしょうか。2014年、文子さんが認知症と診断されます。それまでは「ホームビデオを撮る感覚」で、両親を撮っていた直子さんでしたが、母親への診断が出たあとも、カメラを回し続けることにしました。ふだんは東京で働いている直子さんも実家に帰ると広島弁丸出し。「『ただいま』ゆうたのに、聞こえんのじゃ」。カメラは、そんな親子の会話もとらえています。

耳の遠い良則さんは「わしが(文子さんの)面倒を見る」と言い切ります。直子さんは、なんとか社会的なサービスを利用してもらおうと働きかけますが、良則さんも文子さんも、自分たちの今まで通りの暮らしを続けようとします。そして、限界が来ます。

「ぼけますから。」ヒット理由を探る
広島市西区の映画館「横川シネマ」

作品では、家族の情景が赤裸々に、でも淡々と映しだされていくなかで、時折、映像がぶれます。カメラを持つ直子さんの心の揺れが、見ている私にも伝わってきました。

広島に帰省中の監督を直撃取材

ちょうど広島に帰省する監督(直子さん)に、会って話を聞けることになりました。「昨夏の豪雨の時なんか、心配で。でも帰ろう思ったら1日がかりですよ」。直子さんは言います。かつては1年に1回ペースだった帰省が、最近は2週間に一度に増えているそうですが、緊急時の対応はままなりません。さらに、映画公開直前の台風の夜には、文子さんが脳梗塞で倒れました。飛んで帰ろうにも帰れない。いよいよ東京を引き揚げようかとも思ったそうですが、良則さんは、「帰ってこんでええ」。戦争のため、文学者になるという夢をかなえられなかった良則さんにとって、東京で活躍する娘は、希望の星のようなのです。

こういう家族の形は、きっと典型的なのでしょう。普段、被爆者取材をすることが多い私は、子と離れて暮らすお年寄りを何人も見てきました。だいたいみなさん、「子どもには子どもの人生があるから」と言います。

親子に「家族」が凝縮されている

「一人娘だと、介護の負担が自分一人にのしかかってきますね」。直子さんに尋ねました。私自身はきょうだいが多いので、一番ピンと来ない部分でもあったのです。直子さんの答えはこうでした。「一人だから親の期待も私だけ。私が結婚して子どもがいたりしたら、違ったかもしれないけど。家族なんだし助け合っていくしかないじゃろ、って」。信友家は、「家族=親子」そのもの。だから、家族というものがぐっと凝縮されて表現されているのだと感じました。

「認知症とか老老介護っていう言葉だけ並べると、すごい悲惨な家にみえるかもしれませんが、それでも家族の中には笑いもあるんです」。近くでカメラを回し続けた直子さんは言いました。そして喜劇王チャプリンの名言をひきました。「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」。 カメラを持って見つめ続けたから、一定の距離を置き、冷静さを保てたとも言います。「認知症になっても終わりじゃないし、生活は続いていく」

映画ヒットの理由_2

「認知症の映画を撮ったつもりはない」

ひるがえって私。遠くにいる60代の両親はピンピンしているし、今はむしろ育児に必死。この映画で描かれた世界は自分には関係のないはずだった。なのに、なぜ涙が止まらなかったのだろう。しかも、信友家という、一家族のパーソナルな記録なのに……。

直子さんは言いました。「たまたま母は認知症ですが、認知症の映画を撮ったつもりはない。といって、親子とか夫婦の情愛を描きたいと思って撮ったわけでもないけれど、結局、濾過されて残るのは、それかな」

「近い将来、お別れが来るという覚悟で撮っているのですね」。そう尋ねると、「お母さん子」だったという直子さんは、「母が急に亡くなったら、きっとすごい喪失感があった。神様が、ちょっとずつ昔の母ではなくなっているのを見せてくれて、ちょっとずつ母をいなくならせてくれているのかなって」。逆に、良則さんとはどんどん仲良くなっていて、それが逆に寂しいと感じることもあると言います。

誰もが親を持ってこの世に生まれる。そして、誰もがいつかは必ず死ぬ。これだけは、どんな人間であっても、同じように抱えている事情なんだ…。頭では分かっていたつもりだが、改めて心の奥深いところで理解ができたように思います。そして、この映画のヒットの理由も…。

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